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PHOTOGRAPHERS/ZANELE MUHOLI ·ヴィジュアル・アクティヴィズム ·UPDATED 2026.08
ZM
§ 296 — Photographer Index — ヴィジュアル・アクティヴィズム

ザネレ・ムホリ

Zanele Muholi 1972–
Country南アフリカ Period2010 — 2020s ChannelArchive / Self-Portrait
Abstract

ザネレ・ムホリは、自らを「ヴィジュアル・アクティヴィスト」と呼び、南アフリカの黒人LGBTQIA+コミュニティと自身を長期的に撮る作家である。《Only Half the Picture》《Faces and Phases》《Being》《Brave Beauties》《Somnyama Ngonyama》で、暴力の記録、正面肖像、親密な日常、セルフポートレートを使い分けてきた。ポスト・アパルトヘイト社会で法的平等と差別・暴力が併存する状況を、当事者の名前と像を残すアーカイブとして写真化した点が重要である。

この写真家が変えたこと

ムホリは、社会的少数者の肖像を「外部の撮影者が問題を報告する写真」から、当事者が自分の名前と像を共同で残す長期アーカイブへ変えた。《Faces and Phases》では参加者を名前、場所、年とともに撮り、同じ人物を年月を隔てて記録する。《Being》では暴力の被害だけでなく恋人たちの日常を残し、《Somnyama Ngonyama》では自分自身を撮影対象にした。肖像、親密な写真、セルフポートレートを使い分け、黒人LGBTQIA+の生を匿名の「社会問題」へまとめず、誰が写り、誰が名乗り、どの像が歴史に残るかを当事者側から組み立てた。

Keywords Faces and Phases Somnyama Ngonyama Being Brave Beauties visual activist セルフポートレート クィア・アーカイブ ポスト・アパルトヘイト
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 04 背景と時代

なぜ写真だったか

ムホリが写真へ向かった背景には、活動家としての経験と、個人的に画像を必要とした経験の両方がある。Brooklyn Railのインタビューでは、最初の恋人からコンパクトカメラを渡され、写真が自由や自己とのつながりを取り戻す方法になったと振り返っている。*17 29歳でMarket Photo Workshopへ入り、写真を専門的に学んだ時期には、言葉より画像の方が自分の経験を伝えやすく、写真に救われた時期があったとも述べている。*17 写真は、自分自身の経験を取り戻し、同じ共同体の人々が生きたことを目に見える記録として残す手段になった。

2002年頃からムホリは南アフリカでヘイトクライムの被害を受けた黒人レズビアンの生活を記録し、《Only Half the Picture》へ発展させた。Guardianは、この初期シリーズと、その後の日常的な親密さを撮る《Being》を対照させている。*18 法律上の権利が保障されても、日常生活では暴力の危険が続く状況が、活動と写真を切り離せない背景になった。Stevensonの略歴も、ムホリの制作を黒人LGBTQIA+の生活、暴力、自己表象を継続して記録する実践として整理している。*1

南アフリカの写真教育

Market Photo Workshopはデイヴィッド・ゴールドブラットが設立した写真教育機関で、ムホリにとって重要な訓練の場になった。Guardianのインタビューで本人は、ここで既に取り組んでいた問題を写真として形式化し、他の写真家との議論によって方法を鍛えたと語る。*18 Brooklyn Railでもゴールドブラットを重要なメンターとして挙げ、経済的に大学教育を受けにくかった自分へ学ぶ機会を与えた人物と説明している。*17

同時に、ムホリは南アフリカ写真史の中で「誰が撮ってきたか」という問題を意識している。Apertureの《Faces & Phases》特集では、アパルトヘイト期の写真史を学ぶ中で、アーネスト・コール、アルフ・クマロ、ゴールドブラットら男性写真家の仕事を知り、黒人女性写真家の歴史へ後から接近した経緯が語られている。*10 この欠落は、黒人クィアの人々を外部から説明する写真より、同じ共同体の内部から像を作る必要性へつながった。

§ 02 / 04 表現の核心

肖像をアーカイブにする

《Faces and Phases》は2006年に始まり、黒人レズビアン、トランス、ジェンダー・ノンコンフォーミングの人々を、名前、場所、年とともに継続して撮るプロジェクトである。Yancey Richardsonは、差別や暴力によって消されてきた黒人クィア/トランスの視覚史を書き直すプロジェクトとして説明している。*3 同じ参加者が時間を置いて再び登場するため、一枚の肖像がその人の固定した「典型」にはならず、髪型、服装、年齢、表情の変化までアーカイブへ入る。Walther Collectionも、シリーズを長期的な共同体の視覚記録として収蔵している。*11

Kylie Thomasは《Faces and Phases》を「親密なアーカイブ」として論じ、社会的に語りにくくされてきたレズビアンの経験が、既存の追悼写真や肖像の形式へ入りながら、その形式自体を変えると分析した。*19 生きている人と亡くなった人の肖像が同じ連続へ置かれることで、暴力による死は匿名の事件統計へ還元されず、共同体の記憶の中に位置づけられる。アーカイブは保存庫であると同時に、誰の生と死が公的記録へ入るのかをめぐる実践になる。

正面肖像と見返す視線

《Faces and Phases》の多くは正面性が強く、参加者はカメラを見返す。MoMA所蔵の《Anele “Anza” Khaba》でも、人物の顔、服装、姿勢が背景から切り離されすぎず、視線が画面外へ返される。*5 この構図は、鑑賞者が一方的に観察するだけの位置を安定させない。ムホリ自身もBrooklyn Railで、参加者が知らない撮影者によって「他者化」される経験と、自分と同じ共同体の人が撮ることの違いを語っている。*17

ムホリにとって「可視化」は、多くの人に顔を見せることだけを意味しない。Pew Centerのインタビューでムホリは、visual artistよりvisual activistという呼び方を好み、人権、自己表象、自分の声を所有することを活動の中心に置く。*21 肖像は外部から理解済みの対象として人物を提示する資料ではなく、参加者自身がどう写り、どう名乗り、どの像を後世へ残すかを交渉する場所として機能する。

親密な日常を撮る

《Being》では、恋人同士の身体、寝室、抱擁、休息といった場面が撮られる。National Museum of Women in the Arts所蔵の《Katlego Mashiloane and Nosipho Lavuta》は、黒人レズビアンの生活を暴力や危機の場面だけで示さず、親密な日常として記録するシリーズの一例である。*12 Guardianでムホリが「日々存在すること自体が政治的」と話すように、暴力の被害だけを可視化すると、共同体の生活が被害者性だけで定義されてしまう。*18 《Being》の穏やかな場面は、その偏りを補うために必要だった。

セルフポートレートと黒人表象

《Somnyama Ngonyama》では、ムホリはカメラを自分へ向け、洗濯ばさみ、ゴム手袋、タイヤ、ケーブル、布など身近な物を衣装や頭飾りに使う。Stevensonに掲載された本人のステートメントは、他者を撮ってきた仕事から自分自身へカメラを向けることで、黒い身体を取り巻く歴史と現在を自ら演じる方向へ進んだことを示す。*2 Apertureの写真集は、各自画像を撮影地や出来事、労働、植民地主義、人種表象など異なる文脈と結びつけている。*9

プリントでは肌の黒を強く出し、白目や日用品とのコントラストを高める。Autographはこの操作を、黒い身体が歴史的にどのように見られてきたかを問い返す自己表象として説明している。*8 New Yorkerの批評は、ムホリをシンディ・シャーマン、クロード・カーン、キャリー・メイ・ウィームスなどの演出的セルフポートレートと比較しつつ、その系譜だけへの位置づけは、黒人としての歴史的表象を奪い返す抗議の側面を薄めると指摘する。*22

写真集と長期アーカイブ

ムホリの肖像は単独でも展示されるが、グリッド、写真集、長期シリーズとして見ることで別の働きを持つ。《Faces and Phases》の写真集は多数の肖像と証言を組み合わせ、個々の顔を共同体の時間へ接続する。Apertureは、このシリーズを南アフリカの黒人クィアの歴史を継続的に書き残す出版物として位置づけている。*10 TIMEのインタビューでもムホリは、アーカイブとは「数えられる」ためのものだと説明し、参加者の存在が記録から消えないことを重視している。*23

§ 03 / 04 代表作・方法・媒体

初期作と《Being》

《Only Half the Picture》は、ヘイトクライム、暴力の痕跡、身体、日常を組み合わせた初期シリーズで、2004年にヨハネスブルグ・アート・ギャラリーで個展として発表された。Guardianは、2002年頃に被害者を記録し始めたことを制作の起点としている。*18 続く《Being》では恋人たちの親密な場面を撮り、共同体を「暴力を受ける人々」だけで表さない方向を明確にした。*12

《Faces and Phases》

《Faces and Phases》はムホリの最長期プロジェクトの一つであり、MoMA、Brooklyn Museum、Walther Collectionなど複数の機関に作品が収蔵されている。MoMA所蔵の《Sunday Francis Mdlankomo》にも、正面肖像と簡潔な背景というシリーズの構造が現れている。*6 Brooklyn Museum所蔵作も、同じシリーズが国際的なコレクションへ組み込まれたことを示す。*14 作品数が増えるほど、一人の代表像より共同体の内部差が大きくなる点が、このシリーズの形式上の強さである。

《Brave Beauties》

《Brave Beauties》では、トランス女性やジェンダー・ノンコンフォーミングの参加者を、ページェントやファッションの自己演出と結びつけて撮る。SFMOMAの《Eye Me》は、《Faces and Phases》《Brave Beauties》《Somnyama Ngonyama》を横断し、肖像、ファッション、自己演出がムホリの活動と連続していることを示した。*7 美しさを社会から与えられる基準として扱うより、参加者が衣装、姿勢、視線を使って自分の見え方を作る場へする点で、《Faces and Phases》のアーカイブ性とは別の自己表象が現れる。

《Somnyama Ngonyama》

《Somnyama Ngonyama》はズールー語で「黒い雌ライオン万歳」にあたる題名を持ち、各地で制作したセルフポートレートを蓄積する。Apertureの写真集は、シリーズを一冊の連続としてまとめ、衣装に使われた日用品や撮影場所が個別の歴史と結びつくことを示す。*9 Guggenheim所蔵作《TK, 2010》など、セルフポートレート以前からムホリの作品は身体と自己表象を扱ってきた。*15 《Somnyama Ngonyama》ではその問題を自分の顔へ集中させ、撮影者が外部に立つ余地をさらに小さくした。

§ 04 / 04 批評と写真史上の位置

南アフリカのドキュメンタリー以後

ムホリはゴールドブラットの教育を受け、アパルトヘイト期の南アフリカ写真が社会的不平等を記録してきた歴史を継承している。*17 一方、自分の共同体が歴史的な写真アーカイブでどのように欠けていたかを問題にし、撮る人と撮られる人の関係を作品の中心へ置いた。Apertureのインタビューでは、黒人女性写真家の先行例を後から発見した経験が語られ、既存の写真史に自分の像が少ないことが制作の切実さと結びついている。*10

可視化をめぐる批評

ムホリの各シリーズは、社会的な「可視化」を一つの方法で反復してはいない。《Faces and Phases》の正面肖像、《Being》の親密な場面、《Brave Beauties》の演技、《Somnyama Ngonyama》の自画像は、誰を撮るかだけでなく、誰が像を作り、どのような姿で記録し、どの単位で保存するかをそれぞれ変えている。Z'étoile ImmaとKylie Thomasの議論は、こうした形式の差を、黒人クィア/トランスの生を一枚の社会問題のイメージへ固定しないための方法として位置づけている。*20

作品は南アフリカ国内で政治的な反発も受けた。Thomasは、2009年に当時の芸術文化相がムホリらの展示を「不道徳」と批判して退場した出来事を取り上げ、それ自体がクィアの身体を誰が公的表象として承認するのかという争いを露呈したと論じている。*19 この政治的衝突の中で、肖像の正面性やアーカイブ化は、国家や社会が記録の外へ押し出してきた生を、名前と像を持つ存在として残すための具体的な形式となった。

美術館と活動

ムホリの作品はMoMA、SFMOMA、Brooklyn Museum、Guggenheimなどに収蔵・展示され、美術制度の中で広く受容されている。MoMAの作家ページには《Faces and Phases》を含む所蔵作品と展覧会歴が掲載されている。*4 2026年にはHasselblad Award受賞者に選ばれ、財団は長期的なヴィジュアル・アクティヴィズムと写真史への貢献を評価した。*16

この制度的評価を「活動から美術への移行」とみなすことは、本人の自己定義と一致しない。Art21でもムホリは作品制作とコミュニティ形成を同じ実践として語り、写真を人々の声と存在を残す方法として扱っている。*13 Pew Centerでもvisual activistという自己定義を、人権と自己表象を優先するための言葉として説明している。*21 美術館での評価が拡大した後も、誰が像を作り、誰のために保存するかという問いが制作の基準であり続けている。

§ REL 関連する写真家・運動
Photographers
  • ナン・ゴールディン ― 友人やクィア共同体の生活を内側から記録した先行例。ムホリは個人的な日記性より、名前と反復による共同体アーカイブを強く制度化する。
  • ボリス・ミハイロフ ― 身体と社会制度を同じ画面で扱うが、ミハイロフが倫理的不安定さを増幅するのに対し、ムホリは自己表象と共同体の継続を中心に置く。
  • リネケ・ダイクストラ ― 正面肖像の緊張と長期的な時間の扱いで比較できるが、ムホリでは政治的な可視化とアーカイブが明確な目的になる。
Movements / Contexts
  • ヴィジュアル・アクティヴィズム ― 写真を社会的な可視化、記録、教育、抵抗の実践として使う自己定義的な文脈。
  • クィア・アーカイブ ― 制度的記録から欠落してきた生活や人物を、名前と像と証言によって将来へ残す実践。
  • セルフポートレート ― 撮影者と被写体を同一化し、誰が像を制御するかを写真の構造として問う方法。
  • ドキュメンタリー ― 共同体の存在を記録し、歴史からの消去に抵抗する方法
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§ SRC 出典

出典 — 美術館・アーカイブ・専門資料(このページの §SRC に個別記載)

本文執筆 — AI

構成・編集 — 写真の座標 管理人

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