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PHOTOGRAPHERS/FREDERICK SOMMER ·シュルレアリスム ·UPDATED 2026.09
FS
§ 379 — Photographer Index — シュルレアリスム

フレデリック・ゾマー

Frederick Sommer 1905–1999
Countryアメリカ Period1930–1940s Channel写真史の論点 · 抽象写真
Abstract

1905年、イタリア・アングリに生まれたフレデリック・ゾマーは、ブラジルで育ち、造園を学んだのちアリゾナ州プレスコットを拠点に写真、素描、コラージュ、音楽的スコアを制作した。《Arizona Landscape》《Chicken Entrails》《Valise d’Adam》では、8×10カメラと精密なプリントを、砂漠、死骸、内臓、拾得物へ向けた。写真が正確に写すほど意味が一つに定まらなくなる、その矛盾を作品の中心から読む。

この写真家が変えたこと

1930〜50年代のアメリカ写真では、ウェストンやアダムスに代表される精密なストレート写真と、欧州から流入したシュルレアリスムがしばしば別の系譜として語られてきた。ゾマーの重要性は、8×10カメラと密着焼きの極端な精密さを捨てずに、死骸、内臓、地平線のない砂漠、拾得物へ向け、正確に写るほど被写体の意味と序列が不安定になる写真を作ったことにある。*20 《Arizona Landscape》から《Valise d’Adam》、カメラレス・ネガまで方法は変わっても、画面全体の細部を同じ強度で扱う構造は続いた。*20 その仕事はストレート写真かシュルレアリスムかという二分法では捉えにくく、20世紀中頃のアメリカ写真に複数のモダニズムが併存していたことを具体的に考えさせる。

Keywords Frederick Sommer フレデリック・ゾマー Arizona Landscape Chicken Entrails Valise d'Adam 8×10 コンタクトプリント シュルレアリスム アリゾナ
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 04 背景と時代

造園から写真へ

ゾマーは1905年にイタリアで生まれ、ブラジルで育ったのち、1920年代にコーネル大学でランドスケープ・アーキテクチャを学んだ。*1 結核の療養を経て1931年にアリゾナへ移り、プレスコットを長期の制作拠点としたため、乾燥した砂漠の地形とゆっくり腐敗する物質は、後の作品に繰り返し現れる具体的な環境になった。*2

アリゾナ

写真以前から素描と絵画を行い、音楽や文章にも関心を持っていたゾマーにとって、カメラは唯一の表現媒体として突然選ばれたものではなかった。*3 1933年にエドワード・ウェストンの写真を知り、1935年にはアルフレッド・スティーグリッツを訪ね、その後ウェストン本人とも交流したことが、写真の精密な記述を創作へ使う可能性を考える重要な契機になった。*4

マン・レイとエルンスト

その後マックス・エルンスト、マン・レイ、チャールズ・シーラー、アーロン・シスキンドらと交流し、写真、シュルレアリスム、抽象、コラージュの境界をまたぐ環境にいた。*5 ただし彼自身は一つの様式名へ仕事を固定せず、異なる技法を通して形や意味のつながりを探す制作を続けた。*4

ゾマーが写真を始める前に学んだランドスケープ・アーキテクチャーは、自然を「美しい眺め」として見るより、異なる要素の配置と関係を読む訓練だった。*1 結核療養のため乾燥したアリゾナへ移ったのち、彼は砂漠を雄大な地平線の風景としてではなく、石、植物、動物の残骸、人工物が密集する表面として見るようになる。*2 この経歴を考えると、後の写真に反復する「全体が細部で満たされた画面」は、シュルレアリスム風の奇異さを後付けしたものではなく、環境を部分同士の関係として読む視覚と結びついている。*4

Frederick & Frances Sommer Foundationの年譜では、1938年に8×10 Century Universalを入手し、鶏の頭部や内臓の静物を撮り始め、長焦点レンズの購入後に遠景の砂漠へ向かった経緯が確認できる。*1 この順序を見ると、死骸と風景は別の関心ではなく、同じ大判カメラで異なる距離の形を検討した連続した仕事として理解できる。*1

西部写真とシュルレアリスム

ゾマーがアリゾナで写真を本格化した1930年代後半は、エドワード・ウェストンやアンセル・アダムスらが大判カメラの精密描写を近代写真の重要な価値として確立する一方、ヨーロッパのシュルレアリスムが亡命作家や展覧会を通じてアメリカへ浸透した時期でもあった。MoMAの「American Surrealist Photography」は、1930年代から50年代半ばにかけて、欧州と米国の作家がシュルレアリスムの考えと技法をそれぞれの写真へ取り込んだ歴史を示している。*19 ゾマーはウェストンから大判カメラの使用を勧められながら、マックス・エルンストとの交流を持ち、アリゾナの砂漠を雄大な自然景観としてではなく、細部が過密に連なる平面として撮った。*17 彼の写真が特異なのは、ストレート写真の精密さをシュルレアリスムへの反対物とせず、精密描写そのものを知覚の不安定さへ結びつけた点にある。

§ 02 / 04 表現の核心

8×10と密着焼き

1938年に8×10インチのビューカメラを使い始めた初期、手元のレンズは遠景では画面全体を十分に覆わなかったため、ゾマーは近距離の静物へ注意を向け、肉屋が捨てる鶏の頭や内臓を集めて撮影した。*1 《Chicken Entrails》では、内臓はショック効果のためにぼかされたり暗示されたりせず、しわ、膜、光沢、重なりが精密に記録され、通常の静物写真が前提とする「美しい対象」の序列が崩れる。*6

死骸と内臓

より長い焦点距離のレンズを得ると、ゾマーは同じ大判カメラを砂漠へ向け、空を画面から除いた《Arizona Landscape》の連作を制作した。*1 1943年の《Arizona Landscape》では、地平線が消え、サボテン、岩、低木、地面の細部が画面の端から端までほぼ同じ強度で連続するため、遠近による「主役」と「背景」の区別が弱くなる。*7

Gettyは、乾燥した西部の環境では物がゆっくり朽ちて互いの特徴を交換するというゾマーの考えと、動物の死骸を砂漠の物質循環の中で撮る作品を結びつけている。*2 ここでは死は劇的な事件として演出されず、皮を剥がれ乾燥したコヨーテが土や植物と同じ画面密度に置かれ、生命/非生命の境界が物質の形として観察される。*8

8×10インチの大判ネガと密着焼きは、ゾマーの被写体選択にとって重要だった。拡大による粒子感で対象を曖昧にするのではなく、羽毛、肉片、石、乾いた土、紙の切断面まで精密に記録し、それらを同じ濃密な階調の中へ置くことができる。*1 《Chicken Entrails》が強いのは、嫌悪されやすい内臓をショック効果だけで提示するからではなく、視覚的には風景や抽象形態と同じだけの注意を要求する対象へ変えるからである。*6 精密描写は対象を「客観的」に分類するためではなく、価値の低いものを含む現実のあらゆる形を同じ強度で見るための形式になった。*3

地平線のない風景

地平線を外した〈Arizona Landscape〉でも同じ操作が起きている。遠近を整理する空や地平線を除くと、砂漠は奥行きのある眺望から、無数の形が画面全体へ均等に広がる面へ近づく。*1 《Arizona Landscape》では、どこを「主役」として見るべきかが決められておらず、見る側は細部の間を移動し続ける。*8 この構造が、動物の死骸、切り紙、コラージュ、無カメラ写真へ展開しても保たれるため、ゾマーの多様な制作を被写体別の別作品として切り離す必要はない。*4

MetとAmon Carter Museumが収蔵する〈Arizona Landscape〉は、空と地平線をほぼ排し、石、灌木、土の細部が画面の端まで連続する構成を確認できる。*14 Amon Carterの1943年作でも、遠近を導く一点へ視線を集めず、細部を横断して見ることが画面の経験になる。*15

§ 03 / 04 代表作・方法・媒体

《Valise d’Adam》

《Valise d’Adam》は、拾得物と人形の断片を組み合わせた立体をまず制作し、それを銀塩写真として一つの平面へ統合した作品である。*9 Gettyの解説が示すように、異質な物質は豊富な階調のプリントによって同じ視覚的な表面へ変わり、元の用途を失った断片同士に新しい関係が生まれる。*2

カメラレス・ネガ

《Venus, Jupiter and Mars》などの人形断片の写真も、シュルレアリスム的な身体の変形を思わせる一方、最終的な作品が精密な写真であるため、幻想と物質的事実の両方が同時に残る。*10 1950年代後半には油彩を塗ったセロファンや煙をガラスへ付着させてネガを作るカメラレス作品へ進み、外界をレンズで撮ることさえ写真制作の必須条件ではないところまで方法を展開した。*11

これらの制作を別々の「実験」の列挙として見ると、ゾマーの一貫性が見えにくい。National Gallery of Artの展覧会が「bonds」という考えを軸にしたように、砂漠、死骸、拾得物、図像、素描、音楽は、離れたものの間に形式的・意味的なつながりを見つける同じ制作態度から理解できる。*4 写真はその中で、既にある物を細部まで保存しながら、配置とフレーミングによって別の関係を成立させられる点で重要だった。*12

音楽と構成

ゾマーが写真、素描、コラージュ、音楽的な記譜を並行したことは、「写真家」という専門領域から逸脱した余技ではない。彼は異なる素材や記号の間に形の対応を見つけ、別の体系を一つの作品の中で接続することに関心を持っていた。*12 無カメラで作ったネガやガラスを用いた作品では、写真は外界をレンズで写す行為から離れ、光と物質の痕跡を受け取る面として使われる。*11 それでも精密なプリントへの執着は変わらず、写真という媒体は「現実を忠実に複製するもの」から、異質なもの同士の類似を検証するための高精度な表面へ広がった。*13

1970年の講演でゾマーは、音楽スコアについて「何が起こるか」より「どこで起こるか」という位置の問題に関心を持った経緯を語っている。*12 『The Equivalent Tradition』に収録されたゾマーの言葉も、写真を感光面に固定された一枚としてだけ捉えず、知覚や連想が働く「surface」として考えていたことを示す。*16

§ 04 / 04 批評と受容

精密さと曖昧さ

ゾマーは生涯を通して、ドキュメンタリーや美しい風景を写真の中心とみなす一般的な期待から外れたため、同時代に広く知られた写真家ではなかったとCenter for Creative Photographyは説明している。*1 しかし現在は、SFMOMA、MoMA、National Gallery of Artなどが、死骸の静物、地平線のない風景、アッサンブラージュ、抽象的なカメラレス像を一つの重要な作品群として収蔵・展示している。*13

ストレート写真

写真史的に見ると、ゾマーはウェストン的な精密描写を拒否してシュルレアリスムへ移ったわけでも、シュルレアリスムをストレート写真へ「導入」しただけでもない。*4 鋭い描写が現実の確かさを保証するという近代写真の力を最大限に利用し、その力を腐敗、廃棄、偶然、断片へ向けることで、何を価値ある被写体と認めるかという写真文化の判断を揺さぶった。*3

シュルレアリスム

その姿勢は、後のファウンド・イメージ、アプロプリエーション、カメラレス写真と直接の系譜関係を単純に断定する必要はないものの、写真が「世界を撮る」ことと「世界の断片から像を構成する」ことを同じ作家の中で往復できることを早い時期に示した。*4 ゾマーの作品を理解する鍵は、奇妙な被写体の一覧ではなく、どの媒体でも異質なものを精密に見比べ、そこに構造上のつながりを発見しようとした方法にある。*12

University of South Walesに登録されたIan Walkerの研究は、〈Arizona Landscapes〉をシュルレアリスムと砂漠表象の双方から分析し、その極端な細部密度を歴史的な文脈へ置いている。*17 MFAHの《Paracelsus》は、絵具を塗ったセロファンから作ったカメラレス像を収蔵し、レンズで外界を撮らない時期にも物質と精密なプリントへの関心が続いていたことを示す。*18

モダニズムの境界

Philadelphia Museum of Artは、ゾマーの写真をシュルレアリスムの思想、卓越したプリント技術、画面内部の部分関係への強い意識が結びついた仕事として整理している。*20*20 ゾマーを写真史の周縁的な奇人として扱うより、近代写真が「明晰で正確な描写」を真実性と結びつけてきた前提を、その明晰さを極端に高めることで不安定にした作家として位置づける方が、作品の批評性が見えやすい。 Princetonのコレクション研究が指摘する「hyper-photographic detail and realism」という特徴も、その逆説をよく示している。*21

§ REL 関連する写真家・運動
Photographers
  • エドワード・ウェストン ― 1933年にゾマーが作品を知り、後に本人とも交流した写真家。精密なストレート写真の系譜が、ゾマーの出発点になった。
  • マン・レイ ― マックス・エルンストらとともにゾマーが交流し、写真、シュルレアリスム、抽象、コラージュの境界をまたぐ環境を作った作家。
Movements / Contexts
  • ストレート写真 ― 8×10カメラと密着焼きの精密さを共有しながら、ゾマーが被写体の側で逸脱した系譜。
  • モダニズム ― 正確な記述が意味の安定につながるという前提を、ゾマーが逆向きに使った文脈。
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§ SRC 出典

出典 — 美術館・アーカイブ・専門資料(このページの §SRC に個別記載)

本文執筆 — AI

構成・編集 — 写真の座標 管理人

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