写真の座標 Photo Coordinates
PHOTOGRAPHERS/ALEC SOTH ·ドキュメンタリー ·UPDATED 2026.08
AS
§ 289 — Photographer Index — ドキュメンタリー

アレック・ソス

Alec Soth 1969–
Countryアメリカ Period2000 — 2010s ChannelPhotobook / Road
Abstract

アレック・ソスは、アメリカ各地で出会った人物、モーテル、ベッド、看板、室内を撮り、『Sleeping by the Mississippi』『NIAGARA』『Songbook』などの写真集へまとめてきた写真家。ロードトリップ、撮影リスト、8×10大判カメラ、写真集のシークエンスを組み合わせ、孤独、愛、逃走、共同体への願望のように一枚の写真では直接説明できないものを、複数の写真の連なりで扱ってきた。写真が時間の前後や因果を十分には語れないという性質を、作品を組み立てる条件にした。

この写真家が変えたこと

ソスが更新したのは、ロード写真の移動を、8×10大判カメラによる見知らぬ人との長い対面と、フォトブックで写真を再配置する編集までつなげたことにある。ロバート・フランクの『The Americans』では、旅で得た断片の選択と順序が写真家自身のアメリカ像を作った。 スティーヴン・ショア、ジョエル・スターンフェルドへ続く大判カラーの精密な記述を、ソスは人物との対面にも用いた。 さらに人物、ベッド、手紙、部屋、看板、川を一冊の中で反復させ、『NIAGARA』のように完成した筋書きを示さず、写真間の関係を鑑賞者が作れる余地を残した。 これによって、孤独や愛を誰か一人の性格として断定せず、複数の人物と場所のあいだに繰り返す主題として表せる。写真集の編集は撮影後の整理ではなく、現実の断片のどこを結び、どこを確定しないかを決める制作になった。

Keywords ストーリーテリング フォトブック ロードトリップ 8×10 ドキュメンタリー Little Brown Mushroom
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 04 背景と時代

アースワークから写真へ

ソスが大学で最初に取り組んだのは、写真作品よりも、リチャード・ロング、ハミッシュ・フルトン、アンディ・ゴールズワージーに影響を受けた屋外の一時的な彫刻だった。歩行や土地への介入を記録するためにカメラを使い、やがて物をスタジオで作ることより、外を歩き回りながら世界に反応する過程へ関心が移ったと本人は振り返っている。*1 サラ・ローレンス大学へは画家になるつもりで入り、1992年の卒業時には写真家になっていたと別のインタビューでも振り返っている。*27 写真はソスにとって、完成物をあらかじめ設計して制作するより、移動し、探し、現場で予想外のものに出会う行為を作品へ残せる媒体だった。

写真は、人と接触するための道具にもなった。ソスは幼少期から強い内気さがあり、初期には人を避けるようなアースワークへ惹かれていたが、ダイアン・アーバスやピーター・ヒュージャーの肖像を知ってから、見知らぬ人へ近づくこと自体を制作の課題にした。*1 〈Perfect Strangers〉は、公園で知らない人に声をかけて撮ることで、その不得手を具体的な撮影行為へ変えた初期シリーズだった。後年には車を外界から身を守る「セーフティーバブル」と説明し、写真にも世界へ接続しながら一定の距離を保てる性質を認めている。*4 ソスが写真を「時間を止める」媒体として捉え、レンズという隔たりが撮る側と撮られる側のあいだに残ることまで自分に合っていると話すのも、この距離への自覚とつながる。*34

『IMA 2019 Winter』掲載(2020年オンライン転載)のインタビューでは、若い頃に絵画より写真を選んだ理由として、写真なら自分の「声」へ比較的早く到達できると思ったことも語っている。*47 同じインタビューでソスは、撮影とは外へ出て人に会い、自然や場所を経験するための口実でもあると説明している。*47 ソスが写真に求めたのは、内向性の克服そのものではなかった。外へ出て他者に近づける一方、一人で移動する自由があり、レンズを介した隔たりも最後まで残る。その三つの条件が、後のロードと肖像の制作を支えた。

写真集から学ぶ

ソスの写真観は、展示より先に写真集を読む経験から形成された。本人は、展覧会の少ない土地でインターネット以前に写真を学んだため、本が写真を見る主要な場所であり、自作でもフォトブックを最初から重要な発表形式として考えると答えている。*31 Apertureでは、若い時期にロバート・アダムスの『Summer Nights』から「ロマンティックな孤独」を受け取り、写真史を語彙、個々の作家の影響を方言にたとえている。*2 キヤノンのインタビューでは、深瀬昌久の『The Solitude of Ravens(鴉)』を、ロードの要素を持ちながら感情が強く表れた写真集として重要な一冊に挙げている。*26 一枚の完成度だけでなく、複数の写真が本の中でどのように気分や意味を蓄積するかを、ソスは作家になる前から写真の基本語法として学んでいた。

サラ・ローレンス大学ではジョエル・スターンフェルドの授業を受け、本人も後年「非常に影響力のある教師」だったと述べている。*27 Jeu de Paumeは、1989〜1991年の在学中に1970年代のアメリカ写真とニュー・トポグラフィックスへの関心を深めたと整理している。*55 ただしソスは、卒業後もスターンフェルドとの差を探し続け、後年になってその影響を認めたうえで自分の方法を作ったと話している。*12 写真集から学んだ「写真を並べて考えること」と、アメリカ写真から学んだ「場所を移動しながら見ること」は、後の制作で組み合わされていった。

§ 02 / 04 表現の核心

なぜ物語なのか

ソスは自分を巧みなストーリーテラーとは考えていない一方、映画や小説が持つ物語の力には繰り返し惹かれてきた。さらに、写真には出来事の前後や因果を連続して語る力が乏しいとも考えている。*48 Apertureの対談では、物語を正面から説明するより、写真と写真集によって間接的に近づくことに関心があると述べている。*41

『The Brooklyn Rail』でソスは、自作を通底する語として「longing(何か別の状態を求める気持ち)」を挙げ、『Sleeping by the Mississippi』を移動と自由、『NIAGARA』を愛とロマンス、『Broken Manual』を逃走、『Songbook』を共同体と社会的なつながりへの願いに結びつけている。*27 これらの主題は、顔や建物のように一枚の写真へ事実として写るものではない。MoMAのクエンティン・バジャックは、ソスが実在の場所を撮りながら、それを客観的な地誌とは考えず、撮影を通じて場所を構成し、小説に近いものとして捉えている発言を紹介している。*30 ソスにとって物語は、撮った人物の人生を説明する筋書きではなく、別々の人物、部屋、物、風景を通して、一枚では写らない願望や喪失を反復させる構造になった。

ロードトリップと撮影リスト

ロードは、互いに無関係な断片を集めるための制作手順である。レベッカ・ベンガルは、ロバート・フランクがグッゲンハイム申請書に撮りたい対象を書き並べたことと、ソスがハンドルへ撮影リストを貼る方法を重ね、予定した道から逸れることで別の物語が生まれるアメリカのロード写真の伝統を論じている。*53 ソス自身のリストには「モーテル」「結婚式場」のような現実的な対象と、連想的で実現しにくい項目が混在する。項目をすべて達成するためではなく、どの方向へ進めば予想外の対象や人物に出会えるかを決めるために使われる。*5 IMAの本人インタビューでも、柔軟なコンセプトとキーワードを先に置き、現実が想定以上のものを示したときには計画を変える「ハーフコンセプチュアル」な方法だと説明している。*47

Apertureでソスは、ロードトリップを陳腐な形式だと自覚しながら何度も戻る理由を、制作のプロセスとして機能し、進行方向を持つ一本の線が物語を示唆できるからだと語っている。*52 Magnumも、ソス自身の比喩を引きながら、彼の探索を現実世界でのウェブサーフィンに近いものとして紹介している。*23 ロードによって撮影には次の場所へ進む時間の順序が生まれ、そこで出会った互いに知らない人物や場所が、後に一冊の写真集へ集まる。ソスにとってロードは、アメリカを象徴する題材であると同時に、偶然の出会いを連続させる制作方法である。

8×10大判カメラと対面

ロードが次の場所へ進ませるのに対し、8×10インチの大判カメラは一人の人物の前で移動を止める。ソスはこのカメラを好む理由として、三次元の空間がピントグラス上で平面へ変換される見え方と、ニコラス・ニクソン、サリー・マン、スティーヴン・ショアらが同じ道具から異なる写真を作ってきたことを挙げている。*4 1854 Photographyでは、まずカメラなしで相手へ近づき、その後に大型カメラを持ち出し、暗幕へ入り、時間をかけて撮る過程でも会話が続くと説明している。*38 Smithsonian InstitutionのNational Portrait Galleryも、8×10の撮影準備に要する時間が、撮影者と被写体のあいだに強い関係を生むと解説している。*37

8×10は細部を精密に記録すると同時に、ロードの移動を一度止め、見知らぬ相手と同じ場所に留まる時間を作る。その時間のなかで、表情だけでなく服、壁、庭、家具、持ち物までが同じ画面に残る。PÓS誌の研究は『Sleeping by the Mississippi』を、スナップショットやフォトジャーナリズムの瞬間性と、感情を抑えたデッドパンな形式主義の中間に置いている。*28 こうして一枚の肖像は人物の性格を断定する証拠ではなく、別のページに現れるベッド、部屋、物、別の人物と関係し得る複数の情報を持つ。

写真集のシークエンス

ソスにとって本は、完成した写真を保存する容器ではなく、写真同士の関係を作る制作空間である。フォトブックに関する国際アンケートでは、小さなプリントを大量に並べ、カードゲームのように入れ替え、ダミーを作って実際のページ送りを確かめる編集手順を説明している。*31 SFMOMAが『The Americans』について、フランクが一年をかけて主題、形、感情、言語的連想を手掛かりに写真を選び、シークエンスを練ったと説明するように、ロード写真では編集が旅の経験を作品へ変える工程になっていた。*42 National Gallery of Artも、フランク以後のフォトブックが、客観的な記録だけでなく写真家自身の世界経験を伝える主要な形式になったと位置づけている。*36

ソスは写真のシークエンスを「点と点を結ぶ」ゲームになぞらえている。点が近すぎれば関係が単純になり、遠すぎればまとまりを失うため、鑑賞者が関係を補える間隔を作るという。*47 The Photographic Journalでも、自作をプロットのある物語より詩に近いものと説明し、フォトブックを「半ば物語的な構造」と位置づけている。*48 Alfredo Brantによる『NIAGARA』の査読研究は、この仕組みをstoryworldとworldmakingの概念から分析し、異なる写真の配置によって時間的・因果的な関係の可能性が生まれ、鑑賞者が断片を結ぶことで物語世界が形成されると論じている。*29

『Sleeping by the Mississippi』の新版についてソスは、一枚を加えること、見開きにすること、見返しの色まで本全体の感触を変えると語っている。*46 一枚の肖像へ「孤独」という説明を付ける代わりに、人物の後に空のベッド、川、別の人物を置けば、孤独は特定の一人の心理ではなく本全体で繰り返す主題になる。同時に、誰の手紙なのか、人物が何を考えているのか、次に何が起きたのかを確定させないこともできる。編集は、現実の人物を一つの筋書きへ固定せずに、複数の写真から感情の連続を作るための方法だった。

ドキュメンタリーと物語

ソスの人物も部屋も実在し、撮影時の出会いは具体的な経験である。一方、シリーズとして並べたときに生まれる孤独や愛の流れは、取材で確認した出来事の順序とは一致しない。GQの『Songbook』インタビューでソスは、元の『Dispatch』にあった言葉やニュースの文脈を大幅に外し、より抒情的で開かれた本にしたと説明している。*49 Fraenkel Galleryも『Songbook』を、正確な出来事の説明を外し、論理より抒情の流れで共同体と孤立を扱う仕事として紹介している。*17

ソスのストーリーテリングは、写真が語れない部分を文章で埋める方法とは逆向きに進むことがある。Phaidonのインタビューで、写真は小説より詩に近い断片的な媒体だとし、『Songbook』では魅力的な実話があってもいったん忘れ、写真自体が謎を持ち、本全体の感触に作用するかを優先したと述べている。*50 ロードで異なる断片を集め、8×10で一つの出会いに時間をかけ、写真集では事実の説明を足しすぎずに順序を作る。この三段階によって、現実の記録と、写真同士から生まれる想像上のつながりが同じ作品の中に置かれる。

§ 03 / 04 代表作・出版

『Sleeping by the Mississippi』

1999年から2002年にかけて制作された『Sleeping by the Mississippi』は、ミシシッピ川の連続的な地誌を作る目的から始まった作品ではない。公式シリーズでは人物、家、ベッド、墓地、宗教的な徴候、川辺の風景が交互に現れ、川そのものが写らない写真も多い。*6 ソスは後年、川沿いで出会った人々の夢や想像力へ関心があり、ストイックなドキュメンタリーとして制作したわけではないと説明している。*7 SFMOMA所蔵の《Charles, Vasa, MN, 2002》でも、模型飛行機を持つ人物と雪、家、庭の物が同じ画面に残り、人物の奇妙さだけを作品の意味にしていない。*8

批評家リック・ポイナーは、フォトブックという形式そのものがシークエンスを前提とするとしたうえで、この本が人物、無人の室内、風景を往復し、在/不在の緊張から一つの世界を作ると論じている。*39 ベッド、椅子、写真の中の写真、宗教的な徴候が繰り返されるため、ミシシッピ川は物語の主人公というより、離れた断片を同じ流れへ置くためのガイドになる。レベッカ・ベンガルも、リストに書いた対象そのものが作品になることは少なく、川がその側を歩く口実になるように、移動が別の発見を生むと書いている。*53 新版の編集についての本人発言も含め、この作品では「川を記録すること」より、地理的に離れた人物や場所をどの程度まで同じ感情の流れに置けるかが写真集の構造になっている。*46

『NIAGARA』

『NIAGARA』(2006)は、観光地としての滝、ハネムーン・モーテル、カップルの肖像、裸体、空室、手書きのラブレターを組み合わせ、恋愛の理想と破綻を同じ地理へ集めた。*10 ソスは現地へ初めて行ったとき、ロマンスの象徴として抱いていたイメージに対して、アメリカ側の古いモーテルや経済的な荒廃が強く残っていたと振り返っている。*9 ヴィンス・アレッティは『The New Yorker』で、ナイアガラを地理的な場所と心理状態の両方として捉え、抑制されたドキュメンタリー写真へ手紙が感情の層を加えると評した。*32

この本では、ラブレターが写真の物語化に特別な役割を持つ。Brantの研究は、掲載された手紙が特定の肖像の人物へ対応づけられておらず、人物、部屋、滝、文字の断片を行き来するうちに、鑑賞者が複数の関係を仮に組み立てる構造を指摘している。*29 写真集は「この二人がこう別れた」と一組の恋愛を説明しない。誰のものか確定しない手紙が複数の人物や空室に隣接することで、愛すること、別れること、結婚を夢見ることが一人の履歴から離れ、本全体で反復する。ソスにとって編集が中心的なのは、現実の人物を一つの筋書きへ固定せずに、恋愛という主題を複数の写真へ分散できるためである。

『Broken Manual』

『Broken Manual』(2010)は、修道士、隠遁者、サバイバリスト、地下壕、森の小屋を訪ね、人間社会から消える願望を追った。High Museumの委嘱を契機に南部で始まった撮影は、逃亡者や修道生活への関心から、社会から身を引く男性たちへ広がった。*11 公式版には写真だけでなく、架空の書き手レスター・B・モリソンの文章を含む「手引書」の体裁が入り、写真の外側に明示的なフィクションの声が置かれている。*13 ソスはこの仕事の中心を、逃げたいという欲望と、実際には完全に社会から逃げられないという認識の両立として説明している。*12

『The New Yorker』でアレッティは、一部の写真が監視記録やマグショットを思わせる冷たさを持つ一方、別の肖像には共感があると指摘した。*33 『Sleeping』や『NIAGARA』では写真間の空白が物語の余地を作るのに対し、『Broken Manual』では架空の語り手と文章を導入し、逃亡の物語を意図的に濃くしている。それでも本は実用的な「逃げ方」を教える手引書にはならず、隠れる方法を探すほど、逃げたいという写真家自身の欲望と、撮られる他者の実在が並置される。後の『Songbook』が具体的な実話を削り、『I Know How Furiously Your Heart Is Beating』が大きな物語を弱めた展開から振り返ると、『Broken Manual』はフィクションの声まで含めて物語装置を最も前面に出した作品として位置づけられる。

Little Brown Mushroom

2008年に設立したLittle Brown Mushroom(LBM)は、写真集を完成作品の流通手段ではなく、物語の形式そのものを試す活動へ広げた。ソスの公式略歴はLBMを出版とマルチメディアの活動として位置づけている。*24 LBM自身も設立目的を「visual storytellingの実験」と明記し、写真家だけでなく作家やデザイナーと出版・教育プロジェクトを行っている。*51 Magnumのプロフィールでも、ソスの活動は写真集、自主出版、委嘱、マグナムでの仕事を横断するものとして整理されている。*23

LBMでは写真と文章、新聞、児童書、スライドショーなどが試され、写真の空白を残したまま物語を運ぶ形式が検討された。Phaidonでソスは、LBMを写真とストーリーテリングの関係を実験する場所として説明している。*50 Apertureのフォトブック対談で語る、写真を選び、捨て、ダミーを作り、最終的な本の形まで考える姿勢も、制作・編集・出版を分離しない活動としてLBMに現れている。*41

『Songbook』

『Songbook』(2015)では、物語を作る方法が、情報を増やす方向から具体的な実話を削る方向へ変化した。MACKは、2012年から2014年の『The LBM Dispatch』や雑誌仕事で撮った白黒写真を、ニュースの文脈から切り離して再編集した本として紹介している。*14 『Dispatch』ではブラッド・ゼラーの文章と写真が具体的な土地や出来事を伝えていたが、ソスは写真集ではその背景情報を外し、写真同士のリズムを優先した。*15 公式シリーズに並ぶダンス、学校行事、バー、集会、家族の催しは、共同体の調査報告から離れ、集まることと孤立することが交互に現れる連続になる。*16

GQでソスは、言葉やニュースの文脈を外し、写真のシークエンスを直感的で非物語的なものにしたかったと説明している。*49 Phaidonでは、シャーウッド・アンダーソンの『Winesburg, Ohio』を重要な参照点に挙げ、実在の土地と架空の土地の中間にある感覚に惹かれたことを話している。*50 Fraenkel Galleryもこのシリーズを、具体的な情報を外し、論理より抒情によってアメリカの共同体への憧れを扱う仕事として整理している。*17 取材で得た実話を削ることで、一枚ごとの出来事は確定しにくくなり、別々の写真が一冊の中で新しい関係を持つ。ソスにとって「物語を作ること」と「出来事を説明すること」が同じではないことを明確にした作品である。

『I Know How Furiously Your Heart Is Beating』

『I Know How Furiously Your Heart Is Beating』(2019)は、ソスがそれまで得意としてきた大きなシリーズ構造をいったん疑った仕事である。公式シリーズは世界各地の人物と室内から成るが、ミシシッピ川やナイアガラのような地理的テーマ、あるいは「逃亡者」のようなカテゴリーを先に置いていない。*19 Foamは、人物、私的な部屋、窓、所有物へ焦点を絞り、他者を見つめる行為そのものへ作品を戻したシリーズとして説明している。*43 『The Guardian』のインタビューでも、ソスは本棚や部屋の細部が人物について語り得るため、静物も肖像として考えられると話している。*44

このシリーズの焦点は、屋外から室内へ題材が変わったこと自体より、人物を一つの大きなテーマの材料として扱う撮影と編集の権力にある。IMAでソスは、写真家がシャッターの瞬間、写真の選択、展示や写真集での見せ方を握り、人物を自分の作品の一要素として使うことへ倫理的な疑問を持ったと説明している。*47 Musée Magazineでも、人物撮影が職業的な手順になったことへの違和感と、撮影を再び人間同士の交換として考える必要を語っている。*45 一人と一つの部屋に長く留まり、人物をミシシッピ川や「逃亡者」のような大きな主題へまとめない。顔や部屋の所有物は詳細に写る一方、それらを人物の内面の説明へ直結させる筋書きは置かれない。長く使ってきたストーリーテリングの力を、他者をどこまで自分の物語へ組み込んでよいのかという問題から再検討したシリーズである。

『A Pound of Pictures』

『A Pound of Pictures』(2022)は再びアメリカを車で移動しながら、写真を撮ること、集めること、保存すること自体を主題にした。MACKは2018年から2021年の写真と、各冊へランダムに挿入されたヴァナキュラー写真を組み合わせ、経験を像として残そうとする写真の欲望を扱う本としている。*20 公式シリーズには暗室、古写真の箱、カメラクラブ、墓、人物、観光地が並び、写真を作る行為と、すでに存在する写真を持ち続ける行為が同じロード上に置かれる。*21

当初はリンカーンの葬送列車の経路を追う構想だったが、明確なアイデアに写真を従わせようとして制作が停滞し、その計画を手放してから現在の形へ進んだと本人は説明している。*4 Siri HustvedtとのApertureの対談では、本を自作の究極的な形式と呼ぶ一方、一冊のナラティヴへ依存しすぎることには警戒を示し、ロードは物語を直接与えず「示唆する」線として機能すると話している。*52 花、古写真、墓、車、リンカーン、ウォルト・ホイットマンへの連想は一つの筋書きに収束しない。撮ること、拾うこと、残すことが反復され、写真が経験や記憶を保存しようとする行為そのものが主題になる。

§ 04 / 04 批評と写真史上の位置

ウォーカー・エヴァンスと文学

ウォーカー・エヴァンスは、ソスのストーリーテリングを考える主要な先行例である。デヴィッド・カンパニーは、エヴァンスが『Fortune』などで文章と写真を単純な説明関係にせず、両者のずれによって読み手へ解釈を委ねる編集を行った点を重視している。*40 MoMAのバジャックも、エヴァンスの「ドキュメンタリー・スタイル」を参照しながら、現代作家がシリーズによって孤立した写真へ意味を与える流れの中にソスを置いている。*30 ソスがエヴァンスから受け取ったものには、正面性や看板の撮り方に加え、現実の細部を記録しながら、その意味を一枚や説明文で閉じず、複数の写真と文章の配置に委ねる態度だった。

『Songbook』の制作では、エヴァンスとジェームズ・エイジーの『Let Us Now Praise Famous Men』だけでなく、ドロシア・ラングとポール・テイラー、マーガレット・バーク=ホワイトとアースキン・コールドウェルによる写真と文章の本も参照したとソスは話している。*50 ただし彼が最終的に強く惹かれたのは、文章で写真の意味を確定せず、写真と文章が別々の声を保ちながら一つの世界へ入る状態だった。この関心が、後のLittle Brown Mushroomで写真家、作家、デザイナーを横断して本を作る活動にも続く。

ロバート・フランクとロード写真

ロバート・フランクの『The Americans』では、ロードと編集が旅先の記録を写真家自身のアメリカ像へ変える。MoMAは、スイス出身のフランクが約1万マイルを移動し、小型のハンドヘルド・カメラの機動性を使って戦後アメリカの人種、階級、宗教、消費文化の緊張を切り取った仕事として説明している。*35 National Gallery of Artは、その写真集が後続世代に、客観的な現実の再現より写真家自身の世界経験を一冊へ刻む可能性を示したと整理している。*36 SFMOMAは、一年をかけた選択とシークエンスによって主題、形、感情、言語的連想が組まれたことを強調している。*42

ベンガルは、フランクの撮影候補リストとソスのリストを直接比較し、ロード上の脱線が予定したテーマとは別の物語を生む点に連続性を見る。*53 ソス自身がフランクに強く共感したのは、粒子の粗い白黒のスタイルより、ホテルの窓から外を見る写真などに現れる「撮っている人の存在」だった。*12 キヤノンのインタビューでも、フランクを愛や憧れの感情をロード写真へ持ち込んだ重要な系譜として挙げている。*26 フランクが移動中の社会的な亀裂や身振りをハンドヘルドで拾ったのに対し、ソスは車を止め、三脚を立て、見知らぬ相手と時間を過ごす。さらに、その一回の対面を別の人物や場所とページ上で関係づける。ソスでは旅する写真家の主観が、移動中の観察だけでなく、撮影前の対面と撮影後のシークエンスの両方に現れる。

ショア、スターンフェルドと大判カラー

スティーヴン・ショア、ジョエル・スターンフェルドからソスへ続く関係は、大判カラーという機材上の共通点に限られない。ソスはスターンフェルドの授業を受け、卒業後にショアやスターンフェルドへ続く大判カラーの方法を自分のロード撮影へ取り込んだ。*27 一方で本人は、ショアを構図や形式への関心が強い写真家と見なし、自分は外部を撮りながら作品を内面的な欲望へ向ける点でロバート・フランクに近いと説明している。*47 Artdocのインタビューでも、ニュー・トポグラフィックス系の精密な記述に感情的な内容を加えたいという自覚を語っている。*34

ソスの大判写真では、ベッドの皺、壁に貼られた写真、人物が手に持つ物、庭に残された道具までが同じ精度で記録される。PÓS誌の研究が『Sleeping by the Mississippi』を瞬間性と形式主義の中間に置くのは、外部の精密な記述と感情の反復が同時に存在するためである。*28 ショアやスターンフェルドから学んだ大判の明晰さは、場所の形態を記述するだけでなく、そこに暮らす人物の欲望や夢を示す細部を残すためにも使われた。それらの細部は一枚で心理を説明せず、別のページに現れる物や場所との反復によって意味を持つ。

アーバス、ヒュージャーと肖像

ダイアン・アーバスは、ソスに見知らぬ人へ近づく勇気を与えた先例であると同時に、後年には肖像を物語化する危険を考えるための比較対象になった。ソスは、実在する人物の特異さが写真家の作品のために強調され、その人自身を覆ってしまう可能性を「アーバスの問題」として語っている。*12 後年のソスはピーター・ヒュージャーをより強く参照し、正面から人物と向き合いながら、センセーショナルな「見世物」の効果を弱めた肖像に惹かれている。*12

大判カメラによる長い対面そのものが、この倫理問題を解決するわけではない。National Portrait Galleryが指摘するように、8×10の撮影準備にかかる時間は、スナップショットとは異なる対面の時間を作る。*37 PÓS誌の研究も《Charles, Vasa, MN》をアーバスの正面性と比較しつつ、「奇人」という意味が肖像一枚で確定せず、周囲の物やシリーズの他の写真、鑑賞者の判断によって変わると論じている。*28 ソスのシークエンスでは、この不確定さを残すことが、実在する人物をあらかじめ決めた役柄へ固定しすぎないための条件になる。

ラリー・サルタンとナラティヴ写真集

ラリー・サルタンの『Pictures from Home』は、ロード写真とは異なる系譜からソスの写真集に接続する先行例である。ソスはThe Photographic Journalでこの本をナラティヴ写真集の代表的な達成として挙げている。*48 MACKによれば、サルタンは1980年代に両親の家へ通い、現在の写真、ホームムービーの静止画、会話、本人の文章、記念品を混ぜ、ドキュメンタリーと演出の境界が揺れる「ナラティヴ・コラージュ」を十年かけて作った。*54

『Pictures from Home』では、現在の写真、家族の古い映像、会話、文章が同じ本の中で互いを補足しながら食い違う。*54 ソスは『NIAGARA』で手紙を使い、『Broken Manual』で架空の文章を使う一方、『Songbook』では実話を削った。写真へ物語情報を増やす方法と、情報を減らして写真同士の関係へ委ねる方法の両方を使っており、作品ごとに写真の断片性を残す程度を変えている。

物語化と肖像の倫理

ソスの後期には、写真間に物語を作る能力そのものへの自己批判が現れる。Fraenkel Galleryは、初期の開かれた長期プロジェクトから『Songbook』を経て、『I Know How Furiously Your Heart Is Beating』では「アメリカ」という大きな物語より一対一の対面へ関心が絞られた流れを示している。*17 Apertureの対談でソスは、鑑賞者が肖像へ実際には存在しなかったほどの親密さを投影することがあると認め、写真そのものが距離を生む媒体だとも話している。*52 写真を並べて意味を作る行為と、実在する人物を作者のテーマへ組み込む行為が、同じ編集の中で重なる。

Brantが論じるstoryworldでは、作者が確定しなかった関係を鑑賞者が写真間に補う。*29 それに対してソス自身は、『I Know How Furiously Your Heart Is Beating』期に、写真家がシャッター、選択、提示を支配し、人物を作品の一要素として扱うことへ倫理的な違和感を表明した。*45 後期作品では、人物同士を大きなテーマで強く結ぶ方法が弱まり、一人の人物と一つの部屋に留まる時間が増える。ストーリーテリングを放棄したというより、写真同士を結ぶ力が他者の意味まで決めてしまう境界を検討する段階へ入った。

評価と写真史上の位置

『Sleeping by the Mississippi』が2004年のホイットニー・ビエンナーレに出品された後、Walker Art Centerは2010年の「From Here to There: Alec Soth's America」で1994年以降の100点以上を集め、米国初の大規模サーベイを行った。*25 Walkerは同展で、エヴァンス、フランク、エグルストン、ショアへ続くアメリカのロード写真と、調査、偶然、大判カメラ、シリーズ形成を同じ歴史の中で扱っている。*3 同展の構成は、ソスをフォトブックの人気作家としてだけでなく、20世紀のアメリカ写真の形式を2000年代以降にどう継承し、変更したかという文脈に置いている。*3

日本では2022年の神奈川県立近代美術館「Gathered Leaves」が主要シリーズをまとめ、写真集で展開してきた仕事を展示空間で再構成した。*22 2024〜2025年の東京都写真美術館「部屋についての部屋」は、初期から繰り返される室内を軸に、『I Know How Furiously Your Heart Is Beating』までを横断している。*18 ソスの写真史上の位置は、写真が時間の連続を十分には語れないことを出発点に、ロードで断片を集め、8×10で一つ一つの出会いに時間を与え、写真集で離れた断片のあいだに関係を作った点にある。さらに後年、その物語化が実在する他者の意味をどこまで決めてしまうのかを自作の問題として扱った。ソスの仕事は、ストーリーテリングを完成させたというより、写真にどこまで物語が可能か、その可能性と限界を作品ごとに検証してきた過程として位置づけられる。

§ REL 関連する写真家・運動
Photographers
  • ウォーカー・エヴァンス ― 「ドキュメンタリー・スタイル」、異なる種類の写真をシリーズへ組む方法、写真と言葉のずれをめぐる先行者。
  • ロバート・フランク ― ロードと写真集を写真家自身の世界経験へ結びつけた先行者。ソスは美学より「内的な視覚」に強く反応した。
  • スティーヴン・ショア ― 『Uncommon Places』と8×10大判カラーがソスの技法と場所の見方へ直接影響した。
  • ウィリアム・エグルストン ― 平凡なアメリカの日常を色彩と断片で見る参照点
  • ジョエル・スターンフェルド ― サラ・ローレンス大学の教師。ロード、大判カラー、アメリカ社会の記述を学ぶ最も近い世代の先行者。
  • ダイアン・アーバス ― 見知らぬ人を撮る契機と、実在の他者を作品化する倫理的問題の双方をソスに与えた。
  • ロバート・アダムス ― 『Summer Nights』によって、土地の記述と「ロマンティックな孤独」が両立する可能性を示した。
  • 深瀬昌久 ― 『The Solitude of Ravens(鴉)』が、ロードの系譜と強い感情を写真集で結ぶ別の可能性をソスに示した。
Movements / Contexts
  • ドキュメンタリー ― 現実の記録と、撮影・編集・シリーズ化によって生じる意味の関係を考える文脈。
  • ニュー・トポグラフィックス ― ショアやロバート・アダムスを介してソスが受け取った、平凡な土地と大判カメラの記述的な系譜。
  • 2000-2010s ― 写真集、デジタル流通、美術館展示が並行するなかでソスの主要作品が発表された時期。
§ REF さらに読む
Gathered Leaves Annotated
Alec Soth / MACK / 2022年

主要写真集を注釈、複製資料、制作痕跡とともに読み直す大部の刊行物。完成作品だけでなく、ソスがシリーズと本をどう考えてきたかを追う入口になる。

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From Here to There: Alec Soth's America
Siri Engberg 編 / Walker Art Center・Hatje Cantz / 2010年

初期から『Broken Manual』までをまとめた米国初の大規模サーベイのカタログ。ロード写真の歴史とソスの写真集的思考を一つのキャリアとして把握しやすい。

Hatje Cantz で見る ↗
§ SRC 出典

出典 — 美術館・アーカイブ・専門資料(このページの §SRC に個別記載)

本文執筆 — AI

構成・編集 — 写真の座標 管理人

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