スティーヴン・ギルは、ハックニーの路上を安価なカメラで歩いた後、撮影したプリントを土地へ埋め、植物を写真へ重ね、カメラ内部へ種や虫を入れ、鳥には自動撮影装置を向けた。《Buried》《Hackney Flowers》《Talking to Ants》《The Pillar》では、被写体を選ぶ権限の一部を土、雨、植物、動物、偶然へ渡す。場所の記録が、光景の説明に加えて、制作工程へ場所の物質が入り込んだ痕跡として残る。
ギルは、場所を見た目だけで説明するより、その場所の物質や生き物が写真の出来方へ関わる工程を作品ごとに考えてきた。ハックニーでは安価なプラスチックカメラを選び、《Buried》では土がプリントを変え、《Talking to Ants》では土地で拾った植物や虫をカメラ内部へ入れ、《The Pillar》では鳥がシャッターの前へ来る時刻を自動撮影に委ねる。写真家が構図を決める部分と、土地、時間、生物が結果を決める部分をシリーズごとに配分し直し、「場所を記録する」とはどこまで撮影者だけの行為なのかを制作工程そのものから問い続けた。
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ハックニーを撮る ― 身近な場所から方法を作る
ギルの写真への関心は、父親の静かな影響と、幼い頃から昆虫、鳥、池の小さな生物を観察していた経験の中で育った。公式略歴は、この二つの関心が後のイメージ制作へつながり、写真が周囲や気になる対象へ応答する手段になったと説明している*1。後年、明晰な描写だけでは捉えにくい感覚や考えを扱うため、偶然や対象側の作用へ制作の一部を渡す方向へ進んだことも、同じ略歴で本人の写真観として整理されている。
《Hackney Wick》では、蚤の市で手に入れた安価なカメラを使い、再開発前の地域の日常を撮った。Elephantのインタビューでギルは、既に身につけた写真の知識をいったん解体し、被写体が前へ出る余地を作りたかったと振り返っている*3。ここから、技術的に「良い写真」を作ることより、場所に合わせて写真のルールを変える姿勢が明確になる。
ハックニーの見た目から、場所との接触へ
ハックニーでの仕事は、都市の人や建物を観察するシリーズから、同じ地域の植物、土、虫、廃棄物を制作工程へ入れるシリーズへ進んだ。1854 Photographyのインタビューでギルは、東ロンドン時代にも人だけでなく昆虫、鳥、植物を撮り、自宅へ持ち帰ってコラージュしていたと振り返り、風景の断片を集めることを「その場所がどんな感じか」を抽出する方法として説明している*4。この発想から見ると、《Buried》以後の実験はドキュメンタリーからの転向というより、視覚情報に加えて接触、採集、時間を記録へ加える流れとして理解できる。
Arnolfiniの回顧展「Coming up for Air」は、都市観察から自然や偶然が介入する作品までを長い実践として並べた*2。1854の回顧インタビューでも、ギルは写真の慣習を学び直すより「unlearning」し、自然や記憶との関係を探る姿勢を語っている*4。
《Buried》― 撮影後の写真を土へ渡す
《Buried》では、ハックニー・ウィックで撮ったプリントを同じ土地へ埋め、時間を置いて掘り出した。LensCultureは、雨や土の状態に応じて埋める期間を変え、染み、傷、腐食が画像へ加わる制作を、場所と協働する試みとして紹介している*7。写真は土地を外から眺めた記録であると同時に、土地に触れて変質した物になる。
土壌の湿度や微生物、紙の劣化が最終像の一部を決めるため、ギルの予測できる範囲は意図的に狭くなる。土壌の湿度や微生物、紙の劣化が画像を変えるため、偶然そのものが制作条件になる。Blind Magazineが回顧展を「camera, process, action」の連続として読むのは、ギルの作品で撮影後の物理過程までが写真行為に含まれるからである*18。
《Hackney Flowers》― 場所の植物を画像の上へ重ねる
《Hackney Flowers》では、ハックニーで集めた花、種、葉などを写真の上へ配置し、それを再撮影する。Nobody Booksは、一部の写真を地中へ埋めた工程も含め、土地の物質が写真の表面へ直接入り込む本として説明している*6。植物は風景の中に写った被写体であるだけでなく、プリントを覆う材料にもなる。
Image Museumの写真集紹介では、ページ上で都市の写真と植物の層が交差し、場所の記録がコラージュと物質的な痕跡へ変わる構造を確認できる*13。この二重化によって、ハックニーは道路や建物の外観だけでなく、その土地から拾われた微細なものまで含む環境として表される。
《Talking to Ants》《Coexistence》― カメラ内部と水を環境へ開く
《Talking to Ants》では、ギルは撮影地で拾った植物、種、虫などをカメラ内部へ置き、レンズが作る像とカメラ内の物体が作る影やぼけを同じフレームへ重ねた。東ロンドンで人間の生活、建築、地域の生態系が同じ狭い範囲に共存することを見ていた彼にとって、被写体をレンズの前だけに置くより、場所の断片をカメラの内側へ入れることで「前」と「後ろ」の両方から場所が像へ作用する構造が生まれる。Art UKも、周囲の自然を写真プロセスへ取り込む長期的な関心としてこの方法を紹介している*16。
この発想は、ルクセンブルクの旧製鉄地帯を扱った《Coexistence》でも展開した*3。水辺の微生物や工業の痕跡を撮影工程へ近づけた仕事は、環境史を、人間、産業、水、生物が同じ場所で共存してきた層として扱う。ギルの実験は、場所を視覚的な景観だけで捉える発想から離れ、土、微生物、水、生物の作用まで制作へ参加させるための手段である。
Nobody Books ― 写真集を作品の最終形として自分で作る
ギルは2005年に出版レーベルNobody Booksを立ち上げ、自作の写真集を継続的に刊行してきた。公式サイトには《Hackney Wick》《Hackney Flowers》《Buried》《Coexistence》《The Pillar》などが一つの出版実践として並ぶ*5。写真の順序、紙、判型、印刷、装丁までを一続きの制作として自ら統御できることが、この活動の重要な意味である。
Grantaのインタビューは、ギルの制作で本が写真を見る環境として大きな役割を持つことを伝える*10。プリントを土へ埋める作品では、傷や変色をどう印刷で再現するかまでが意味になる。写真集はシリーズの収納容器を越え、撮影と物質実験を読者の手の中で再構成する媒体になる。
《The Pillar》― シャッターを鳥へ委ねる
スウェーデン移住後の《The Pillar》では、開けた土地に柱を立て、その向かいへモーションセンサー付きカメラを設置した。ギルは、柱とカメラの位置だけを整え、鳥が画面を作る側へ回るようにしたと振り返っている*4。幼少期の生物観察、ロンドンで都市の自然を集めた制作、自動撮影による鳥の観察がここで一本につながる。写真家は背景、柱、カメラの位置を設計し、シャッターが切られる時刻と鳥の姿勢は生物側の行動へ渡されるため、一枚ごとの予測不能さが主題そのものになる。
1000 Wordsは、柱とセンサーという単純な装置によって、鳥の予測不能な動きがシリーズを作る過程を論じている*9。1854も、長期間の自動撮影から写真集が形成された制作を紹介する*11。New Yorkerに掲載されたカール・オーヴェ・クナウスゴールの文章は、シャッターの瞬間を自動装置へ委ねることで、鳥を人間的な「象徴」として演出する視線が弱まる点に注目した*12。
安価なカメラから自動撮影まで ― 機材は作品ごとに選び直す
ギルはシリーズごとに装置を選び直し、機材そのものを場所との接触方法として使う。ハックニーでは安価なカメラを使い、別のシリーズでは大判、カメラ内コラージュ、自動撮影などを選ぶ。Christophe Guye Galerieの経歴と作品紹介は、都市の観察から自然を介在させるシリーズまで、多様な装置が同じ作家の中に共存することを示している*15。
Shashashaが扱う回顧展図録『Coming Up for Air』も、方法の変化そのものをギルの実践として見せる*14。機材を固定してスタイルを守るより、その場所をどう記録したいかに応じて写真の仕組みを変える。ここに、彼が「実験写真家」である以上に、方法を対象へ合わせ続けるドキュメンタリー写真家である理由がある。
仕掛けが先に見える作品で、場所の固有性をどう残すか
土へ埋める、植物を置く、虫をカメラへ入れるという方法は、説明だけを聞けばコンセプトの仕掛けに見えやすい。PhotoMonitorの《The Pillar》評が写真集のシークエンスと具体的な像の変化を重視するように、ギルの仕事は方法の奇抜さだけでは評価しにくい*17。同じ装置を使っても、何が写るか、どの痕跡が残るかは場所ごとに異なる。
Elephantのインタビューで繰り返されるのは、自分の写真知識を前景化するより、対象に主導権を渡したいという姿勢である*3。だから実験は、写真家の個性を誇示するためより、作者が制御できる範囲を意図的に狭める方向へ働く。
《Buried》以後 ― ドキュメンタリーに物質と偶然を組み込む
ギルの仕事は、社会を目の前から撮るドキュメンタリーから、完全に別の抽象表現へ移った経歴として整理するより、何を「場所の記録」に含めるかを増やしてきた流れとして読める。土の染み、植物の影、カメラ内部の異物、センサーに反応した鳥は、その場所が写真の物理的な生成へ参加した痕跡として働く。Museum für Photographie Braunschweigが初期のドキュメントと後年の実験を一つの回顧展で扱ったことも、この連続性を示している*8。
Arnolfiniの回顧展と公式略歴を通して見ると、ハックニーの都市生活からスウェーデンの鳥まで、対象は大きく変化している*2。それでも「場所が写真へ何をするか」という問いは共通する。見える風景の複製に、物質、時間、偶然、非人間の行動まで加え、場所の記録を写真生成そのものへ広げた。
人間以外へ制作の一部を渡すという評価
Jeu de Paumeのインタビューは、《The Pillar》《Talking to Ants》《Night Procession》を、人間以外の生物との長期的な接触から生まれたシリーズとしてまとめている*19。
Architectural Associationの講演資料では、《Buried》のプリントが撮影地ハックニー・ウィックへ埋め戻され、腐食による変形を再撮影した工程が具体的に説明されている*20。
Foamの2013年回顧展は、ハックニーの都市観察から《Buried》《Hackney Flowers》《Talking to Ants》へ至る変化を、ドキュメンタリー、偶然、介入が結びつく一連の方法として提示した*21。
V&Aは都市の自然を扱う文脈でギルを取り上げ、人間、建築、都市の植物が同じ環境に共存する状態への関心を紹介している*22。