サラ・ヴァンダービークは、美術史書、新聞、家族写真、都市や建築の断片を、撮影のための一時的な彫刻へ組み、カメラで平面化した後にその構造物を解体する作家である。初期作品では写真だけが仮設彫刻の主な残存物となり、のちには都市の基礎、古代彫刻、家族アーカイブ、展示空間へ対象を広げた。2009年前後に写真がデジタル化と彫刻・インスタレーションの接近によって定義を問い直される中で、写真を「既にある物を記録する媒体」から、物体、記憶、異なる時代を一つの平面へ翻訳する工程として扱った。
写真は通常、先に存在する人や物をカメラで記録し、その像を後にプリントする順序で理解されやすい。ヴァンダービークの初期作品ではこの順序が反転し、写真になることを前提に、美術史書の図版、新聞、木、糸、プレキシガラスなどで仮設彫刻を作る。撮影後に構造物を解体するため、プリントは完成した彫刻の複製ではなく、その立体が存在した主要な痕跡になる。2009年のMoMA《New Photography》は、デジタル技術が従来の写真制作を急速に置き換える時期に、収集、組立、操作、彫刻との接続から「写真を作るとは何か」を問い直す六作家を集め、ヴァンダービークもその一人だった。ベシュティが感光紙、ゴードンが紙彫刻、ヒューイットが家族写真と歴史資料を異なる方法で扱う中、ヴァンダービークは撮影のための立体を一度作って消すことで、写真を物体の記録と制作の最終形に同時にした。この手順が、後年の都市、古代彫刻、家族アーカイブにも続く基礎になっている。
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ヴァンダービークは、写真だけを専門的な出発点として選んだのではなく、幼少期からダンス、美術、実験映画が同居する環境で育った。父スタン・ヴァンダービークは実験映画と拡張映画を横断し、父の死後は母ルイーズがダンスや美術を含む創作活動を勧めた。本人は2023年の対話で、家族が芸術を職業であると同時に社会へ働きかける実践として尊重していたこと、Cooper Unionで学ぶ道へ母が背中を押したことを振り返っている。*22
父スタンの作品を、サラの仮設彫刻写真の直接的な原因とする資料はない。本人が具体的に引き継いだと語るのは、父がイメージを一つの固定媒体に閉じず、「普遍的な言語」として映画、投影、建築的環境へ展開した姿勢である。*22 サラも写真を最終的な平面だけで考えず、物体を作り、撮影し、プリントし、展示で再び立体へ戻す。この点で家族の背景は、特定の様式の影響というより、画像が媒体を移動できるという考え方の前史として位置づける方が正確である。
2019年には自身の作品と父スタンの作品を並べる《VanDerBeek + VanDerBeek》を共同企画し、アーカイブを保存対象として扱うだけでなく、異なる時代の作品を再配置して現在の鑑賞へ接続する実践へ発展させた。*24
ヴァンダービークは2000年代半ばから、写真と彫刻の関係を一貫して検討してきた。Whitneyは、紐で吊った印刷物や小物、幾何学形態を撮影する初期から、古典彫刻や建築要素を扱う後年まで、物体とその環境が記憶を呼び起こす過程を中心に位置づけている。*2
2009年のMoMA《New Photography》は、Walead Beshty、Daniel Gordon、Leslie Hewittらとともに、収集、組立、操作から始まる写真を提示した。MoMAはこの展示を、従来の写真定義を拡張するスタジオ/暗室ベースの実践として構成している。*4
ヴァンダービークの作品がこの時期に重要だったのは、デジタル化そのものより、写真を「撮る前に物を作る」工程と、撮った後に物がなくなる時間を一つの作品へ入れた点にある。*3
なぜ写真なのか
ヴァンダービークは、写真と彫刻のどちらにも物や時間を固定する働きがある一方、その固定性を緩めたいと語っている。*22 写真を選ぶ利点は、立体の物理的な大きさや重さを保存することではなく、カメラの位置、光、フレーミングによって三次元の関係を一枚の平面へ変換し、元の物体では成立しなかった尺度や重なりを作れることにある。
そのため写真は、失われる彫刻の代用品ではない。彫刻を撮ると、印刷物に写った像、実物の木片、影、糸の前後関係が同じ平面上へ圧縮され、どれが「物」でどれが「物の写真」だったかを一目で判別しにくくなる。Apertureで本人が「scale, time, and place」への関心を挙げるのは、写真が元の経験を保存するより、経験の尺度と時間を別の条件へ置き換えられるからである。*5
撮影のための仮設彫刻
初期作品では、美術史書、アーカイブ、雑誌、新聞から集めた画像を、木、糸、プレキシガラス、小物と組み合わせて一時的な構造物を作る。Whitneyは、撮影後にそれらがすぐ解体され、写真が「唯一残る証拠」になると明記している。*1
この手続きによって、写真は完成した彫刻の複製ではなくなる。彫刻はカメラのための中間状態であり、光、影、遠近、重なりが平面へ変換された時に初めて作品が完成する。*10
カメラによる平面化
MoMAのEva Respiniは、立体の空間が撮影によって平らになるため、構造物に組み込まれた既存画像がコラージュのように見え、影だけが奥行きの手掛かりになると説明している。*3
この「絵合わせ」の構造では、Tina ModottiやGiacometti、Walker Evansなど過去のイメージが、引用元を説明する図版としてではなく、別の物体や影と同じ画面要素へ変わる。写真史を参照しながら、その歴史が現在の画像環境でどう再配置されるかを問う。*7
Detroit、New Orleans、Baltimore
《A Composition for Detroit》では、Walker Evans、Charles Moore、工場の写真など異なる時代のアメリカ像を一つの構造へ重ねた。Friezeは、この作品を経済不況、公民権運動、産業都市の現在が一枚の中で干渉する構成として読んでいる。*7
《To Think of Time》ではスタジオを出て、New OrleansのLower Ninth Wardの建物基礎や、故郷Baltimoreの家族写真・建築断片を撮った。Whitneyはこの展覧会を、時間を個人的条件と集合的条件の双方として考える試みと位置づけている。*1
New Yorkerが指摘するように、1969年の月食写真や災害後の基礎は、過去と現在、記憶と物質を一枚の中で二重化する。*9
写真と彫刻の往復
ヴァンダービークは、写真が彫刻を生み、彫刻が次の写真を生む循環を「フィードバック・ループ」として語っている。Musée Magazineのインタビューでは、プリント自体がイメージと物体の間を揺れ、二次元と三次元の提示が互いを変えると説明している。*11
そのため、撮影後にすべてを解体する初期から、Hammer Museumで彫刻を写真と同時に展示する段階へ進んでも方法は断絶しない。写真を終点にするのではなく、次の物体と展示空間を作る入力として扱うようになった。*6
2016年のMetro Pictures《Pieced Quilts, Wrapped Forms》では、写真と彫刻を同じ展示空間で組み合わせる方法がさらに前面化した。Metro Picturesの展覧会記録と作家自身の展示アーカイブからも、仮設構造を撮影して終える初期作から、プリント、立体、建築的な配置を一体化する展示へ進んだ流れを確認できる。*17 *23
《A Composition for Detroit》
《A Composition for Detroit》はMoMA《New Photography 2009》で発表された四部作で、産業都市Detroitを、過去の報道写真、Walker Evans、自身の撮影した廃工場などから組んだ。MoMAは、既存画像の文化的記憶をスタジオ構造へ再配置する作品として紹介している。*3
DetroitやNew Orleansは、一枚の直接的な都市記録として提示されない。異なる時代に撮られた写真や印刷物を物理的に重ね、その構成をもう一度撮影するため、過去の像は一枚の現在の写真へ圧縮される。連続した年表ではなく、何が手前に現れ、何が隠れるかという配置によって歴史を扱う方法である。*20
《To Think of Time》
Whitneyでの初個展には《Blue Caryatid at Dusk》《Foundation, Reynes Street》《Treme》《Baltimore Departure》などが並んだ。展覧会ページは、仮設彫刻と都市で撮った断片を同じ時間論の中へ置いている。*1
《Baltimore Departure》は窓から差す光と影が室内壁へ残る写真で、MFAHの所蔵はこの作品を時間、空間、光の境界を曖昧にする実践の一部として位置づける。*16
《Foundation》群では建物の基礎が彫刻のように見え、都市の破壊の痕跡と抽象形態が同じ画面へ入る。記憶を「物語」として説明する代わりに、残った形を写真の構造として受け止める。*13
古代彫刻と展示装置
2010年代には博物館の古代彫刻や考古学的な対象へ関心を広げ、撮影した部分像を独自のフレームやコンクリート彫刻と組み合わせた。Apertureのインタビューでは、写真が尺度、時間、場所の読みをどう変えるかが中心的な関心として語られている。*5
Studio Internationalの《Electric Prisms, Concrete Forms》評は、古代彫刻の断片、建築的な形、色面を写真と立体の双方へ展開する段階を記録している。初期の「撮ってから壊す」構造から、撮影した像を再び展示空間の物体へ戻す方向へ進んでも、尺度と平面/立体の往復という軸は継続している。*12
Art Practicalは《Ancient Objects, Still Lives》を、古代と近代の形態が写真と彫刻の間で反響し、静物というジャンルの時間を伸縮させる展示として評している。*8
Whitney所蔵の《Montauk》では、海辺の場所そのものを説明するより、光と物体の断片が写真平面の中で尺度を失う構成が前面に出る。*14 同館の《Labyrinth》も彫刻的な形態と写真の平面性が重なる作品で、物体が画像へ変換される途中の状態を繰り返し扱ってきたことを示す。*15 近年の《Lace Interlace》(2023–24)では、19世紀の写真アルバムを研究して得た布や衣装の画像を、レース状に穿孔したスチール製フレームへ重ねている。*21 初期には撮影後に仮設彫刻を解体して写真だけを残したが、近年は写真を支えるフレームや展示構造そのものも最終作品として設計している。
MoMA《New Photography 2009》
1985年から続くMoMAの《New Photography》は、新しい作家を単に紹介するシリーズだったが、2009年展では初めて六人を一つのテーマでまとめ、「従来の写真の定義を検討し拡張する」展覧会として構成された。展示室もMoMA写真部門の専用ギャラリーであり、写真がデジタル化によって撮影・プリントの境界を変えつつある時期に、写真部門自身が収集、組立、操作、彫刻との接続を写真制作として扱った。*4
つまり「写真が現代美術へ入った」という一方向の出来事ではない。写真はすでに美術館に収蔵されていたが、2000年代にはデジタル画像の普及によって、カメラで撮った一枚のプリントだけを写真と呼ぶ定義が実作に合わなくなった。MoMAがヴァンダービーク、ベシュティ、ゴードン、ヒューイットらを同じ写真展へ入れたのは、彼らがスタジオ、暗室、既存画像、立体物を異なる方法で使い、「撮影前」と「撮影後」までを作品化していたからである。*4
ベシュティ、ゴードン、ヒューイットとの比較
ヴァリード・ベシュティは、カメラを使わず感光紙を折ったり光へさらしたりしてカラー・フォトグラムを作り、輸送箱と作品の移動まで物質的な痕跡として扱った。MoMAは、写真を何かの像ではなく感光材料そのものの出来事として扱う方法を紹介している。*25 ヴァンダービークも写真の物質性を問題にするが、感光紙自体より、写真になるために作られ、撮影後に消える立体とその記憶へ重心がある。
ダニエル・ゴードンは、インターネットから集めた画像を印刷し、切って紙の人物や静物を組み立て、それを撮影した後に解体・再利用した。*26 「撮影のために立体を作る」という点ではヴァンダービークに近いが、ゴードンでは切り貼りされた人物・静物の視覚的な人工性が前面に出る。ヴァンダービークでは美術史図版、影、建築断片が静かな構造に組み込まれ、元の画像がどの時代から来たかという時間差が重要になる。
レスリー・ヒューイットは、家族のスナップ、1960〜70年代の雑誌、レコード、本を一時的な静物へ組み、個人の記憶と公民権運動などの文化史を同じ画面に置いた。*27 ヴァンダービークも家族資料を扱うが、Detroitの工業史、New Orleansの建築基礎、古代彫刻、美術史図版まで異なる種類の残存物を横断し、撮影後に構造物を消すことで「何が残るか」を写真の条件としている。
三者を比べると、2009年前後のconstructed photographyは一つの見た目ではない。ベシュティは感光材料の反応、ゴードンはネット画像から作る紙彫刻、ヒューイットは家族史と政治史を含む静物、ヴァンダービークは仮設彫刻の消失をそれぞれ写真制作の中心にした。MoMAがこれらを同じ写真展で扱ったこと自体が、写真の定義が「シャッターを切る瞬間」だけでは足りなくなった制度的な変化を示している。*4
Guggenheim《Photo-Poetics》
MoMAの作家ページに作品・展覧会歴が蓄積されていることも、2009年の《New Photography》が一回限りの紹介で終わらず、その後の写真/彫刻の実践が美術館の収集と研究の対象になったことを示す。*19
2015年のGuggenheim《Photo-Poetics: An Anthology》は、ヴァンダービークをMoyra Davey、Anne Collier、Leslie Hewitt、Erin Shirreffらと並べ、若い世代のスタジオ中心の静物写真をコンセプチュアル・アートの遺産から整理した。対象には本、雑誌、レコード、既存画像などが多く、同館はそれらが個人的な意味とより大きな文化史を重ねる「displaced self-portraiture」として働くと説明している。*18
この文脈でヴァンダービークの作品は、記憶をそのまま保存するアーカイブとは異なる。家族写真、美術史図版、都市の残骸、古代彫刻を切り取り、支え、再撮影することで、元資料が持っていた尺度と順序を崩し、現在の展示で新しい関係を作る。写真は過去を固定する保管庫ではなく、異なる時代の像を一時的に同じ現在へ置くための装置として使われる。*18
バーバラ・カステンは1970年代から、鏡、光、建築的構造を撮影のために組み、彫刻と写真を往復してきた。ICA Philadelphiaは、カステンが彫刻、絵画、演劇、インスタレーションの要素を写真へ取り込んだ経緯を整理している。*28 2015年には同館がカステン本人とヴァンダービーク、David Hartt、Takeshi Murataを《Kasten in Context: New Peers》で対話させ、共有する制作過程と先行例を議論した。*29 カステンが光と幾何学的構造を撮影によって抽象写真へ変換するのに対し、ヴァンダービークは美術史図版、家族写真、新聞、都市の残骸など、すでに固有の時間と文脈を持つ画像を仮設構造へ組み込む。撮影用の立体を構築する先行方法を継ぎながら、「どの像を残し、異なる時代をどう一枚へ重ねるか」を制作の中心に置いた。
- ジェフ・ウォール ― 撮影前に像を構成する先行例。ヴァンダービークは人物の演出より、物体と既存画像を仮設構造へ組む。
- 杉本博司 ― 展示物や文化装置が「過去」をどう像にするかを考える比較対象。
- ウォーカー・エヴァンス ― 「A Composition for Detroit」でデトロイト暴動からエヴァンスへの参照を取り込み、脱工業化都市に応答した。
- スティルライフ ― 物体の配置と光を通じ、写真のための空間を作る文脈。
- コンセプチュアルアート ― 写真、彫刻、アーカイブの変換手続きを作品の中心に置く文脈。
出典 — 美術館・アーカイブ・専門資料(このページの §SRC に個別記載)
本文執筆 — AI
構成・編集 — 写真の座標 管理人
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