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PHOTOGRAPHERS/SABINE BITTER / HELMUT WEBER ·コンセプチュアルアート ·UPDATED 2026.08
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§ 203 — Photographer Index — コンセプチュアルアート

ザビーネ・ビター/ヘルムート・ウェーバー

Sabine Bitter / Helmut Weber
Countryオーストリア / カナダ Period1990–2000s Channelイメージを疑う · CONCEPTUAL
Abstract

ザビーネ・ビター/ヘルムート・ウェーバーは、建築写真を撮影後に加工・再編集し、歴史写真、図面、映像、テキストと並べてきたデュオ。《Super Students #1》では同じ学生抗議写真から建築だけ/群衆だけを消した二つの像を制作し、《LIVE LIKE THIS!》《Educational Modernism》では住宅や大学建築の計画理念と、その後の使用・政治運動を照合した。建築の完成像を見せる写真を、建物の履歴を比較する資料へ変えている。

この写真家が変えたこと

ベルント・ベッヒャー、ヒラ・ベッヒャーは工業建築を同条件で撮影して類型化し、1970年代のアラン・セクーラやマーサ・ロスラーは、写真が社会を中立に記録するという前提を批判した。ビター/ウェーバーは、近代建築を写した写真そのものが、住宅、大学、都市計画を「こう生きるべき場所」として宣伝し、後に建築史として保存する働きを分析した。同じアーカイブ写真から人物だけ/建築だけを消した版を作り、図面、証言、映像、テキストと比較することで、完成した建物の形、計画時に約束された生活、そこで実際に起きた出来事の食い違いを示した。建築写真を完成した建物の記念像として受け取るのではなく、モダニズムが約束した生活と実際の使用を照合する史料として扱った

Keywords 建築写真 都市研究 Henri Lefebvre Super Students Educational Modernism Urban Subjects
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 04 背景と時代

1993年以降の共同制作――撮影より広い調査工程を二人で担う

ザビーネ・ビターとヘルムート・ウェーバーは1993年から共同制作を続け、ウィーンとバンクーバーを主な拠点としてきた。Fotogalerie Wienは二人を、近代から新自由主義的グローバリズムへの社会変容を、建築、都市開発、都市論を通して継続的に検討してきた実践として位置づける*1。Simon Fraser Universityが記録する共同研究では、現地調査、資料調査、パフォーマンスや映像の構想、出版までが相互の検討を通して進められている*20。Kontakt Collectionも、二人の仕事を歴史的な建築写真、テキスト、映像を組み合わせ、モダニズムが想定した生活と現在の都市経験を照合する実践として説明する*21。共同制作の単位は撮影だけに置かれていない。アーカイブ、理論、現地調査、展示までを二人で往復して検討することが、長期的な都市研究を作品化する方法になっている。

ベルント・ベッヒャー、ヒラ・ベッヒャーからセクーラ/ロスラーへ――建築写真とドキュメンタリー批判の後で

建築を反復的な条件で記録する戦後写真の代表例として、ベルント、ヒラ・ベッヒャーは1950年代末から給水塔や高炉などの工業建築を体系的に撮影し、形態を比較できる類型写真を築いた*18。一方、1970年代にはマーサ・ロスラーやアラン・セクーラらが、ドキュメンタリー写真の証言性は写真だけから自動的に生まれるものではなく、文章、制度、経済、流通を含めて読む必要があると批判した。MACBAの「Universal Archive」はこの時期を、都市・社会ドキュメントの前提が大きく再検討された転換として整理している*19。ビター/ウェーバーは1990年代以降、この二つの遺産を建築へ重ねた。建物の形を比較可能に撮るだけでなく、同じ建物が雑誌、計画図、政治運動、住民の使用によって別の意味を持つことを、既存写真の加工、テキスト、映像、展示で比較する。そのため建築写真は完成した外観の記録から、モダニズムの理念と実際の生活がどこで食い違ったかを検証する資料へ変わる。

§ 02 / 04 表現の核心

同じ写真から「建築だけ」「人だけ」を作る――画像の前提を分解する

Fotogalerie Wienが最も明確に述べるのは、二人にとって写真が「画像の慣習とイデオロギーを分析する実践の場」だという点である*1。ここで写真は研究の道具であると同時に、研究される対象でもある。近代建築は、完成後の記録写真に先立って、計画段階の模型、図面、雑誌を通じて合理的で新しい生活の像として社会へ提示されてきた。Kontakt Collectionは、二人が歴史的・建築的な画像の再生産とテキストを結びつけ、文化的に重要な空間をめぐる「image politics」を検討すると説明している*21。《Super Students #1》では1967年のSimon Fraser University学生抗議の写真から、建築を消して群衆だけを残す版と、人々を消して建築だけを残す版を作った*2。同じ原写真を二つの不足した像へ分けることで、「大学建築の写真」と「学生運動の写真」が別々の歴史として整理されてきたことが露出する。二人が写真を使う必然は、建物の現在を撮るだけでは得られない。モダニズムをかつて正当化した写真を、その後そこで起きた生活や政治と同じ画面へ戻せることにある。

アンリ・ルフェーヴル――空間は容器ではなく社会的に生産される

この方法の思想的な軸として、アンリ・ルフェーヴルの空間論を具体的に確認できる。CONTACT Photography Festivalの《Super Students #1》解説は、二人がルフェーヴルを参照し、空間を物理的な容器ではなく社会的な行為によって作られるものとして捉えていることを示す*2。作品では1967年のSimon Fraser University学生抗議のアーカイブ写真から、建築を消して群衆だけを残す版と、逆に人々を消して建築だけを残す版が作られた。何が写っているかを追加するより、何を消すかによって、大学建築が単なるモダニズムの造形か、政治的行為が起きた場所かという読みの差を露出させる。

《LIVE LIKE THIS!》――モダニズム住宅を「暮らされた空間」として読む

《LIVE LIKE THIS!》では、近代住宅や集合住宅のイメージが、建築雑誌の理想像、住民の生活、政治経済の変化の間で再検討される。Camera Austriaはこのプロジェクトを、モダニズムの住宅と都市計画がどのように表象され、社会的現実と接触するかを扱うものとして提示する*7。Cabinetに掲載されたプロジェクトも、建築を自律した造形として扱うより、住むこと、近代化、イメージの流通を一体として考える構成を示している*13。ここで写真が必要なのは、建築そのものと、建築が広告・雑誌・展覧会で理想化される像との間を往復できるからである。撮影と再利用を併用することで、「現実の建物」と「建築について信じられているイメージ」の差が作品になる。

Urban Subjects――写真、都市政策、出版を共同研究する

2004年、二人は詩人・批評家ジェフ・ダークセンとUrban Subjectsを結成した。SFUのプロフィールは、都市変容を写真と空間インスタレーションで調べる共同研究が教育や出版にも広がったことを記している*4。SFUの長時間インタビューでは、Urban Subjectsが都市を建築だけでなく、政策、経済、文化、日常生活がせめぎ合う対象として扱う経緯が語られている*11。この共同性によって、写真家だけの視点では捉えにくい都市の制度や言語を、研究者、住民、学生、批評家との作業へ開いている。作者名を曖昧にすることより、調査の範囲を広げる実務的な役割が大きい。

§ 03 / 04 代表作・方法・媒体

《Super Students #1》――アーカイブ写真を消去して公共空間を読み直す

Super Students #1》は、既存写真の一部を削除する操作によって、同じ出来事が「建築史」と「学生運動史」に分割される仕組みを見せる。CONTACTのページでは作品画像も確認でき、建築と群衆が別々の版で切り離される構造がわかる*2。The Power Plantも、このプロジェクトを公共空間、教育、異議申し立ての歴史を再配置する実践として扱っている*3。Clockshopの《Supercitizen (AMERICA)》では、公共性や市民という語が都市イメージの中でどう形成されるかを、写真と公共プログラムを通じて検討した*8。一枚の写真を完結した証拠として提示するより、写真に付随する歴史と使用条件を別の展示状況へ運び直すことが、二人の方法になっている。

《Educational Modernism》――大学建築、教育制度、植民地主義を同じ画面へ

近年の《Educational Modernism》では、大学キャンパスをモダニズム建築の造形だけで評価せず、高等教育の理念、学生運動、土地と知の制度まで同じ歴史として扱う。e-fluxは《Encounter Educational Modernism》を、教育機関とモダニズム建築の歴史を現在の政治的条件から再検討する企画として紹介する*6。SFUでの《Unsettling Educational Modernism》は、先住民の学生・教員らとのGuests & Hostsを組織し、開拓植民地主義の制度としての大学空間と、西洋中心の教育観を問い直した*23。同プロジェクトはキャンパスの視覚史をアーカイブ、展示、出版へ展開している*9。《A Monument Beyond Itself》では、記念碑的建築が自身の外側にある社会関係や歴史をどう抱え込むかが問われる*10。SAAGの《Performing Educational Modernism》は作品画像と展示風景を公開し、写真が壁面、立体、テキストと一体化する展示方法を確認できる*15

写真、図面、映像、テキストを同じ展示面で比較させる

MAK CenterのGarage Exchangeでは、ロサンゼルスの都市環境をめぐる研究が、写真と建築的な展示へ展開された*5。別のMAK Center企画では都市インフラと石油経済を扱う《Urban Oil》が紹介され、住宅やキャンパスから都市を動かす資源の回路まで対象が及んでいる*12。二人の展示は、時間や用途の異なる資料を同じ場所で比較できるように配置される。歴史写真を壁面いっぱいに拡大する、同じ像の加工前後を並べる、図面や引用文を写真の隣に置く、映像と静止画を同じ動線で見せる。BUWOGの建築プロジェクトについての解説も、写真が実際のファサードへ入り込み、建築とその写真表象の関係を可視化する方法を指摘している*22。こうした配置によって、竣工写真が約束した建築像、そこで起きた歴史、現在の使用状態を同時に比較することができる。展示設計は、時間の異なる資料を一つの検証面へ集めるための方法として使われる。

§ 04 / 04 批評と写真史上の位置

建築写真を史料として再編集する――完成像から使用の歴史へ

HKWのアーカイブは、ビター/ウェーバーを都市と空間の政治を扱う国際的な研究型アートの文脈に位置づけている*14。二人の特徴は、建築物を精密に撮ること自体より、既存の建築写真、計画資料、住民や学生運動の記録を同じ展示へ戻し、近代建築が発表時に約束した社会像と、その後に起きた出来事を比較できるようにする点にある。ベッヒャー夫妻の類型写真が建物の形態比較を徹底したのに対し、ビター/ウェーバーは一つの建物について複数時代・複数用途の画像を衝突させる。セクーラやロスラー以後のドキュメンタリー批判を、建築表象と都市研究へ具体的に持ち込んだ仕事として位置づけると、その写真史上の役割が見えやすい。

メガストラクチャーから教育制度へ――モダニズム再検討の持続性

2005年にSAICが紹介した《Living Megastructures》は、大規模近代建築を生活、映像、社会制度の側から読み直す早い段階の仕事を示している*17。Secessionでの《Encounter Educational Modernism》刊行企画は、その問題が後年、大学と教育制度へ継続していることを示す*16。三十年以上の共同制作では、近代建築を失敗/成功の二択で判定せず、建築がどの社会像を約束し、その約束が写真や出版物によってどう記憶されたかを追跡してきた。写真はその追跡に使う史料であると同時に、近代建築の価値を作ってきた批評対象でもある。

§ REL 関連する写真家・運動
Photographers
  • アラン・セクーラ ― 写真、労働、都市、制度を結びつける批評的ドキュメンタリーの比較軸。
  • アンドレアス・グルスキー ― 建築・経済空間を大型写真へする同時代性を持つが、研究資料やモンタージュの使い方が大きく異なる。
  • Multiplicity ― 都市調査、地図、写真、リサーチを複数媒体へ展開する同時代の比較対象。
  • ベルント、ヒラ・ベッヒャー ― 1950年代末以降、工業建築を同条件で反復撮影した類型写真の先行例。建築を比較可能な写真へする方法との違いが見える。
  • マーサ・ロスラー ― 1970年代以降、写真と文章、都市、住宅、メディアを結び、ドキュメンタリーの中立性を批判した重要な先行者。
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