伊島薫は、女優やモデルが構想した「望む死」を、高級衣装、ロケーション、遠景から接写へ進む連作として撮影した。《死体のある風景》《zyappu》《最後に見た風景》《One Sun》をたどり、ファッション写真の制作経験、死への恐怖、死者を見る視線、女性像をめぐる批判を読む。
伊島薫は、ファッション誌が衣服、モデル、ブランドを欲望の対象として流通させる仕組みに、被写体本人が構想した未来の死と、ページをめくって身体を発見する時間を組み込んだ。遠景では風景に紛れた身体が、中景と接写で固有名を持つ人物へ変わり、ブランド名は死者を撮影当時の消費文化へ結びつける。既存誌で発表へ進まなかった企画を自主媒体《zyappu》で継続し、写真、架空の記事、スタイリング、誌面編集を一つの作品形式にした。肖像写真が現在の魅力を固定する働きへ、本人が選ぶ不在の未来、制作陣との交渉、見る側の接近と覗き見を加え、ファッション写真の美しさが死を魅力的な像へ変えながら、見る側の恐怖を遠ざける矛盾を連作の構造にした。
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ファッション誌《zyappu》から《死体のある風景》へ
伊島は1980年代から広告、音楽、ファッション誌で活動し、衣服、モデル、ロケーション、見開きの順序を一つのイメージへまとめてきた。1990年代初頭、既存の日本のファッション写真と異なる企画を考える中で、「モデルが死体だったら面白い」という着想が生まれた。企画は既存誌で発表へ進まず、伊島は1994年に季刊誌《zyappu》を創刊した。1999年まで続いた同誌では、編集長、写真家、架空名義「アリゾナ五郎」を横断し、既存の編集方針や広告主の判断から距離を取って、自分で企画を継続できる媒体を作った。*1*2
《zyappu》の《死体のある風景》は、数枚の写真だけで完結せず、架空の事件を伝える記事、モデル名、ブランド表記と同じ誌面に掲載された。*3 読者はファッション記事を見るつもりでページを開き、風景の中の小さな身体を見つけ、次のページで衣服と顔を確かめる。伊島は、商業撮影で身につけた照明やスタイリングを美術作品へ移しただけではなく、雑誌が画像へ順序、文字、価格やブランドの情報を与える編集機能まで作品に使った。意外性から始まった着想が長期的な表現へ変わった理由は、死体の像そのものより、発見、接近、同定という読者の時間を毎号組み直せたことにある。 *4
連作を続けるうちに表面化した死への恐怖
伊島は後年、《死体のある風景》を始めた時点では死を主題にする明確な意図がなかったと記している。十五年にわたって制作を続ける中で、自分が死を強く恐れていることを自覚し、その恐怖から離れる方法として宗教や祈りを考えるようになった。*5 また被写体へ望む死を尋ねる行為は、死に方の奇抜さを集めるだけでなく、本人がどのように生きたいか、どの姿で記憶されたいかを聞き出す肖像制作になった。伊島のステートメントも、理想の死を考えることを理想の生を考える行為へ結びつけ、ファッション写真の技術が非日常的な場面へ視覚的な現実感を与えると説明している。*6 作家自身の死への恐怖と、被写体が語る生の価値を、衣服、場所、身体、光へ変換して反復できたことが、最初の着想を長期的な表現へ発展させた。
連作の視点も制作中に変化した。初期には、撮影者や発見者が風景の中の遺体へ近づく構成が中心だった。後期には、身体を離れた死者の魂が最後の風景を見下ろすという考えが加わり、日本語の写真集名も《最後に見た風景》となった。*1 死を外側から覗く場面から、死者が世界へ別れを告げる視点へ移ったことで、連作は奇抜なファッション企画から、死の恐怖と別離を長期的に考える制作へ深まった。
遠景から接写へ—発見者と死者の視点
一つの場面は多くの場合、三〜五枚で構成される。最初の写真では山、道路、海岸、室内が画面の大半を占め、身体は見落としかねないほど小さい。次の写真で人物へ近づき、最後に衣服、顔、傷、花などの細部が現れる。Hatje Cantzの写真集も、ロングショットからクローズアップへ進む反復をシリーズの基本構造として記録している。*4 初期には鑑賞者が遺体を発見する視線として働き、後期には魂が身体から離れながら最後の景色を見る逆向きの運動も重ねられた。*1
雑誌・ブランド・展示が死を見る時間を組む
題名にはモデル名と「wears Prada」「wears Alexander McQueen」のようなブランド名が記される。衣服は場面の装飾に加え、人物を撮影当時のファッション産業、消費文化、固有の社会的イメージへ結びつける。女優やモデルをすでに知る読者は、身体を匿名の死者として見る前に、顔、職業、衣服の記憶を画面へ持ち込む。スターの認知度と高級ブランドの価値が死体の像にも残るため、死は平等な終着点として現れる一方、生前の階層や商品価値から完全には離れない。 *7
広告やファッション記事と同じ《zyappu》に掲載されたことで、ブランドを見分ける視線と遺体を捜す視線が連続した。写真集ではページをめくる行為、大型展示では壁面へ近づく歩行が、遠景から接写へ進む時間を作る。死の像は一枚のショックとして提示されるより、見る側が発見し、近づき、美しさと不穏さを同時に確かめる過程として構成される。 *4
《Landscapes with a Corpse》—被写体の構想を長期撮影へ翻訳する
シリーズは1993年に始まり、日本とヨーロッパの俳優、モデルへ広がった。撮影は、被写体が望む死に方、衣装、場所を考えるところから始まり、伊島、スタイリストの安野ともこ、制作陣が数か月をかけてロケーション、季節、身体の姿勢へ翻訳した。*1 被写体の回答は撮影当日にそのまま再現されるのではなく、移動可能な場所、衣服の貸し出し、安全に身体を横たえられる条件と調整される。最終画面には本人の空想、ブランドの提供、制作陣の判断、写真家が選んだ距離が同居するため、共同制作の部分と、伊島が最終像を決める権限を分けて読む必要がある。
《Tominaga Ai Wears Prada No. 405》では、冨永愛、プラダ、作品番号、シリーズ名が一つの題名に束ねられる。人物が誰であるかと何を着ているかが同じ強さで流通するファッション写真の規約を保ったまま、身体は動きを失っている。精密なスタイリングと遺体のポーズが画面を完成させるため、美しさは死の恐怖を和らげると同時に、死者を魅力的な対象へ変える問題も生む。*7
《One Sun》—死の恐怖から太陽への祈りへ
死への恐怖と宗教について考え続けた伊島は、旧東ドイツのワイマールで、政治的な境界にかかわらず同じ太陽が照らすことを強く意識したと記している。その経験から太陽を祈りの対象として撮る構想を数年かけて育て、魚眼レンズと長時間露光によって日の出から日没までの軌跡を一枚に記録した。*5 《One Sun》は人物の死を演出する連作から形式を変えつつ、限られた生の時間、死への恐怖、宗教に代わる祈りという問題を引き継いでいる。
死後写真との違い—追悼と未来の死
19世紀の死後写真は、実際に亡くなった家族の姿を追悼し、記憶するために制作された。*8 《死体のある風景》では、生きている本人が将来の死を構想し、自分自身で死者役を演じる。両者の共通点は死者像を写真に残すことだが、前者は失われた人の記憶、後者はまだ起きていない死の自己演出を扱う。この違いを明確にすると、伊島の連作は死後写真の再現というより、肖像写真を未来の不在へ向ける試みとして理解できる。
死を美しく見せる像と、窃視的な視線への批判
Mudamは、作品の美的な構成が死の恐怖を和らげる一方、鑑賞者と作家が死者を覗き見る欲望も露出させると説明している。*9 日本の批評では、低い位置から横たわる女性へ接近する構図、高級衣装と整えられた身体が、死んだ女性を美化し、写真史や絵画に反復されてきた「眠る女性」を男性の視線へ差し出す構造を強めるという批判もある。*10 作品がファッション写真の美の規範を揺らすことと、その規範に支えられて魅力を生むことは同時に起きている。 *11
被写体の参加と、撮影者が持つ最終的な権限
被写体は望む死、衣装、場所の構想へ参加するため、画面には被写体の構想も残る。一方、最終的な構図、距離の順序、印刷、題名、シリーズの流通は伊島が決める。ただし「共同制作」と呼ぶだけでは、被写体と撮影者の権限の差、ファッション産業が理想化してきた女性身体、鑑賞者の視線まで整理できない。誰の空想が画面へ残り、誰が死の美しさを商品や作品として見せるのかを作品ごとに確かめる必要がある。こうした緊張を含むからこそ、《死体のある風景》は死を穏やかに想像する装置であると同時に、女性像と美の制度を問われ続ける連作となった。 雑誌で始まった連作が写真集と美術館展示へ移るにつれ、被写体の希望を読む親密さと、死んだ女性を鑑賞対象にする距離が、媒体ごとに異なる形で現れる。
アートプラットフォームジャパンの作家・作品記録は、表記を「伊島薫」とし、ファッション写真から《死体のある風景》、その後の静物的な作品へ至る活動を国内の美術館所蔵と展覧会歴の中へ位置づけている。*21*13*22 Kunsthalle Wien、Studio la Città、Von Lintel Gallery、ヒューストン美術館の記録を見ると、シリーズはファッションと美術の境界を扱う展覧会、個展、写真コレクションを通じて国際的に流通した。*12*14*20*19
越後妻有の屋外作品と2009年の展覧会は、写真集のページ順で成立した遠景から接写への運動が、地域の風景や展示空間でどのように読み替えられたかを示す受容例である。*16*17*18 近年の展覧会紹介と作家との対話では、「死体なら面白い」という企画上の発端に加え、モデルとの相談、雑誌編集、死への恐怖、生き方を考える肖像という長期的な変化が改めて語られている。*15*23*24
- 森村泰昌 ― 自分の身体を既存イメージへ入れ、演技と写真の関係を検討した作家。
- シンディ・シャーマン ― 衣装、化粧、役柄によって女性像の型を演じたピクチャーズ世代の作家。
- ジャン=ピエール・カゼム ― 仮面とパフォーマンスを写真へ固定し、作られた出来事の証拠性を扱う。
- ジェフ・ウォール ― 映画的な準備と大型写真によって、出来事を構成するステージド写真を展開した。
- ステージド写真 ― 出来事を撮る前に、人物、場所、光、衣装を構成する写真実践。
- ファッション写真 ― 衣服、身体、商品、雑誌編集を通じて欲望の形式を作る写真。
- メメント・モリ ― 死を想起させる象徴や像を通じて、生の有限性を示す美術史的伝統。