ジュスティーヌ・カーランドは、《Girl Pictures》でアメリカの森、郊外、道路脇に少女たちの仮設的な共同体を撮影した。大判カメラによる演出と参加者との相談、ロード写真とフロンティア神話、母子の旅、《This Train》《SCUMB Manifesto》をたどり、移動、自由、ケアをめぐる制作の変化を読む。
《Girl Pictures》では、アメリカの風景を横断する自由な主体が、孤独な男性の旅人から、互いのために場所を作る少女の集団へ移る。少女たちは髪を編み、眠り、泳ぎ、見張り、画面の前景と奥行きを複数の身体で占める。カーランドは旅先で出会った参加者と行為や配置を相談し、大判カメラの準備時間を共同制作の時間として使った。ロード写真、牧歌的風景、家出少女の物語が同じ画面に重なり、自由と危険、空想と年齢差が併存する。母子で暮らした旅と鉄道を扱う後続作では、移動へケア、待機、インフラの歴史を加え、《SCUMB Manifesto》では男性中心の写真集を物理的に再編集した。被写体の配置から写真史の所有まで、自由を誰が作り、誰が記録するかを長期的に問い続けた。
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カーランドはニューヨークのスクール・オブ・ビジュアル・アーツで学んだ後、イェール大学大学院で写真を学んだ。1990年代のアメリカでは、演出写真が映画や文学の物語構造を取り込み、風景写真もジェンダー、階級、国家神話から読み直されていた。カーランドは大判カメラの精細さと場面構成を用い、現実の少女と空想上の共同体を同じ画面に写す方法を育てた。*1
一枚の少女像から《Girl Pictures》の共同体へ
《Girl Pictures》の直接のきっかけは、当時のパートナーの娘アリッサムと過ごした夏だった。カーランドは自分の失われた子ども時代への郷愁と、家から逃げたいと感じていた少女の気持ちを重ね、二人で家出の物語を考えたと振り返る。*1 その後、旅先で出会った少女たちと場面を作り、写真に写すことで空想の共同体を既存の世界に属する一つの像として成立させようとした。本人が、写真によって別の生活を真実に近づけられると語るように、写真の現実感がユートピアを一時的に実在させる手段になった。*1 *2
ロード写真とフロンティア神話を少女の集団から読む
アメリカのロード写真は、自動車で都市を離れ、未知の土地を通過する個人を自由の象徴としてきた。《Girl Pictures》は森、郊外、道路脇へ少女を複数で配置し、移動を一人の自己発見より、互いの安全と場所を作る行為として示した。Apertureは、家出、冒険、西部の神話をフェミニストの視点から再構成したシリーズとして説明している。*3
《Girl Pictures》—集団配置、自由、危険
シリーズでは、一人の少女がカメラへ視線を返す場合でも、周囲の少女が別の行為を続ける。画面の中心に主人公を固定せず、複数の身体を前景、奥、画面外へ分散させるため、鑑賞者は誰か一人の心理へ物語を収束できない。4Columnsの批評は、この連作を少女の夢想的風景として読みつつ、集団の配置が作る緊張を指摘した。*4
森や水辺は都市の監視から離れた避難場所に見える一方、少女の失踪や暴力を連想させる場所でもある。カーランドは自由な身振りと不穏な空白を同じ構図に残す。LensCultureの書評は、このシリーズを逃亡と自由の古典的なアメリカ物語を少女へ移した仕事として紹介している。*5 少女たちが戻る家、撮影者との年齢差、撮影後に解散する共同体が、ユートピアの像へ現実の摩擦を与える。作家が後年語った「想像によって現実の共同体へ近づく」という考えも、完成した理想郷より、その都度作り直す過程を指している。*6
2020年代、カーランドは《Girl Pictures》を再刊する過程で、未成年者を撮った当時の権力差、モデルの自己決定、写真家自身の欲望を公に再検討した。Friezeへの寄稿では、少女たちがカメラを持って写真家を撮り返した画像も示し、一方向の作者性を問い直している。*7 この自己批評により、初期シリーズは1990年代の自由な少女像だけで完結せず、ユートピアを作る行為に含まれる年齢差と撮影権力まで作品史に組み込まれた。
大判カメラを共同制作の時間として使う
《Girl Pictures》は偶然出会った少女たちのスナップに見えるが、多くの場面はカーランドが場所を探し、参加者と行為や配置を相談し、大判カメラの前で構成した。Apertureは、1997年から2002年に制作された69点を、現実の少女たちとユートピア的なフィクションが交差するシリーズとしてまとめる。*3 大判カメラの設置とピント合わせには時間がかかり、その待ち時間に少女たちは互いの位置や行為を調整できる。精細なネガは空想の場面へ物理的な説得力を与え、撮影前の相談は、写真家一人の脚本と参加者の即興が交わる場所になった。
《Girl Pictures》1997–2002年
Apertureの写真集は、1997年から2002年に撮影されたシリーズを、未発表作を含む全体として再構成した。*3 大判カメラの精細さは、少女の表情だけでなく、雑草、衣服、空、道路設備を同じ密度で写し、人物を風景から切り離さない。写真集では一つの共同体が各地を移動しているように見えるが、実際には異なる土地と異なる少女が編集によってつながる。連作の物語は撮影現場だけでなく、写真集の順序によって作られる。 *2
《Highway Kind》(2006–2015)と《This Train》(2006–2010)—母子の旅と鉄道の歴史
《Highway Kind》(2006–2015)では、ロードトリップが少女の逃走から、幼い息子と車で暮らす母親の時間へ変わる。車内には子どもの荷物が増え、キャンプ地、修理工場、道路沿いの共同体が旅の中断点として現れる。公式作品ページは、2007年の金融危機後に路上で出会った旅人、車文化、整備や故障を含む生活を長期的に撮影したシリーズとしている。*8 道路は解放の象徴であると同時に、食事、睡眠、安全、車両の維持を引き受けながら進む生活の場になる。
《This Train》(2006–2010)は《Highway Kind》の一部で、息子が列車へ強い関心を持ったことから始まった。カーランドは4×5判カメラを線路脇へ据え、ときには一日中列車を待ちながら、山地を貫くトンネル、橋、貨車と、母子の車内生活を並行して撮った。公式作品ページは、鉄道を西部開拓による先住民の土地の侵害、アジア系移民の労働、蒸気機関から続く環境負荷へつながる歴史として説明し、同時にクィアなシングルマザーと息子の家族アルバムとして位置づけている。*9 子どもの無条件な列車への愛と、風景に埋め込まれた暴力の歴史が同じ連作に並び、旅の自由を支えるインフラを家族の経験から捉え直す。
《SCUMB Manifesto》— 写真集の所有、裁断、再製本
カーランドは自蔵していた主に白人男性写真家の写真集約150冊を切り、ページ同士を再構成した。《SCUMB Manifesto》という題はヴァレリー・ソラナスを参照し、正典への批判を紙、印刷、綴じ、所有者の手跡へ直接加える。*10 MoMA所蔵作では元の本の表紙ボードが支持体として残り、切断された写真史の出所を隠さない。*11 複数のページを一つの身体や風景へ縫い合わせる裁断は、写真集の作者、編集者、所有者という権限を分解する「フェミニスト・カット」として論じられている。*12 《Girl Pictures》で少女たちが風景を集団で占有したことが、写真史の本棚とページ面を占有し直す行為へ続く。 *13
撮影のあいだだけ成立するユートピア
《Girl Pictures》の少女共同体は、撮影のあいだだけ現実に成立した。草地や森はエデンのように見える一方、郊外の空地、道路脇、廃墟でもあり、監督から離れた自由と危険が重なる。カーランドはユートピアを到達済みの社会モデルより、そこへ近づこうとする行為として語っている。*1 異なる少女が各地で作った場面は、写真集の順序によって一つの共同体の旅に見える。実在したのは短い撮影時間と参加者同士の関係であり、持続する共同体は連作を読む鑑賞者の中で組み立てられる。
ロード写真へ集団、ケア、停車の時間を加える
カーランドの歴史的な位置は、《Girl Pictures》の少女集団、《Highway Kind》の母子、《This Train》の家族アルバムと鉄道史を通じて、アメリカの移動を孤独な男性の自己発見だけで語れない形へ変えた点にある。道路や線路の前進へ、共同生活、養育、待機、故障、先住民の土地、移民労働の記憶が加わる。*8*9 風景の中を進む自由は、誰かを世話し、車両を保ち、過去の暴力を引き受ける時間と切り離せない。
《SCUMB Manifesto》が初期作へ返す批評
《Girl Pictures》が男性中心の移動神話へ少女の集団を主役にしたのに対し、《SCUMB Manifesto》は、その神話を支えた写真集の所有と編集へ直接介入する。Guardianのインタビューは、約150冊を切断した経緯と写真正典への不満を伝える。*14 批評の対象は、被写体の世界を作る撮影から、写真史の材料、編集、流通を作り直す作業へ移った。
Wadsworth Atheneumの展覧会とApertureの本人インタビューは、《Girl Pictures》を少女の逃走幻想だけでなく、撮影者と参加者が一時的な共同体を作る現場として読み直している。*16*20 《Highway Kind》の刊行資料、《This Train》の展覧会資料、カーランドへのインタビューを合わせると、母子での旅が道路上の自由だけでなく、鉄道建設、土地の侵害、移民労働、家族の生活を含むアメリカの移動史へ接続されている。*15*18*24
ICPの対話企画と《The Rose》展では、過去の写真を再編集する行為が、初期作品を否定するためより、誰が見る側に立ち、誰の身体が写真史の材料にされてきたかを再検討する方法として提示された。*19*21*22 National Gallery of ArtとWhitney Museumの所蔵記録は、《Girl Pictures》の個別作品が美術館コレクションへ入り、少女の集団像が1990年代末のアメリカ写真を代表する作品群として受容されてきたことを裏づける。*17*23
- ナン・ゴールディン ― 友人や恋人との共同生活を長期間撮影し、写真と関係の倫理を考えた。
- シンディ・シャーマン ― 女性像が既存メディアによって作られる仕組みを、演技とセルフポートレートで検討した。
- ジェフ・ウォール ― 大判写真と演出によって、現実らしい出来事を構成した。
- ロバート・フランク ― 男性中心のロード写真の先行例として、カーランドが書き換えた系譜を示す。