ジェシカ・イートンは、白、黒、灰色の立方体を4×5カメラで赤、緑、青のフィルター越しに何度も露光する《Cubes for Albers and LeWitt(cfaal)》で知られる。被写体には存在しない鮮やかな色を、撮影後の着色ではなく、別々の時間に入った光を同じフィルムへ重ねることで生成した。デジタル加工が一般化した2000年代以降に、Albers、LeWitt、モホリ=ナジへ連なる色彩・抽象・実験の問題を、アナログカメラ内部の露光手順から捉え直している。
一般的なカラー写真では、写っている色は被写体の色や照明をフィルム/センサーが記録したものとして理解される。デジタル写真では、その色を撮影後にソフトウェアで大きく変えることも日常化した。イートンの《cfaal》は、灰色の立方体を同じフィルムへ赤、緑、青のフィルター越しに繰り返し露光し、被写体には塗られていない色をネガの中で作る。つまり完成像の色には物理的な光の記録があるが、人間が撮影時に一度に見た景色とは一致しない。さらに立方体を回転し、マスクを変え、別の瞬間を同じ一枚へ蓄積するため、写真の「一瞬」も分解される。Albersの色彩理論やLeWittの規則に基づく制作を参照しながら、それを写真装置の手順へ置き換えた点が重要である。デジタル加工に対抗してアナログの純粋さへ戻ったのではなく、デジタル時代だからこそ、カメラと感光材料の内部にも色と時間を構成する操作があることを具体的に示した。
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イートンはカナダのReginaに生まれ、Emily Carr University of Art and Designで写真を学んだ。Fonderie Darlingの略歴は、カナダと北米の写真制度の中で活動を広げてきた経歴をまとめている。*9
Emily Carr在学中のBFA制作では、Silly Stringを空中へ飛ばし、大判カメラでその運動を撮る実験を行っており、学生時代から被写体の説明より、露光によって光や運動がどう像になるかを試していた。*6 2006年の《Quantum Pong》では、約500個のピンポン球を高所から落とし、その一回の運動へ4回の露光を重ねることで、一枚の中に複数の時間を残した。*2
この転換はPhotoshopやデジタル合成が一般化した時期と重なる。イートンはそこでアナログ4×5カメラとフィルム内部の処理を選び、写真の人工性を撮影後の加工ではなく、露光そのものから組み立てた。*4
イートンが写真を選ぶ理由は、目の前の形を忠実に複製できることより、感光材料が人間の目とは異なる仕方で光を蓄積できることにある。本人は写真を「放射に反応する材料が放射情報を記録するもの」と広く捉えている。*15 その定義なら、カメラは見た景色を保存する箱ではなく、別々の色の光、異なる時間、反射率を同じフィルム上で計算し直す装置になる。
RGB多重露光
《Cubes for Albers and LeWitt》では、白、黒、数段階の灰色に塗った立方体を同じフィルムへ何度も露光し、そのたびに赤、緑、青のフィルターをレンズ前へ置く。Higher Picturesは、完成像の色が被写体に塗られていたのではなく、加法混色によってフィルム上で生成されると説明している。*1
赤・緑・青の光は重なるほど明るくなり、三色が十分に重なると白へ近づく。絵具の減法混色とは逆の原理を使うため、イートンは色彩理論を絵画の引用に留めず、写真装置の中で実験できる現象へ変えた。*6
複数の時間を一枚に重ねる
《Quantum Pong》では、一つのネガに別々の瞬間が蓄積する。Capture Photography Festivalの解説は、約500個のピンポン球が落下する間に4回露光し、半透明に重なる球から異なる時間層が見える作品として説明している。*2
立方体を回転し、マスクを変え、露光を重ねるたびに、前の露光が次の露光によって消えたり強まったりする。Canadian Artが「strategy game」と記すように、制作は完成画像を直接見る作業ではなく、フィルムに残る光量を記憶しながら次の手を決める計算に近い。*6
カメラ内で色を作る
Guardianの取材でイートンは、自分が「カメラの内部を利用している」と説明している。*4
この選択によって、作品はデジタル加工かどうかという真贋ゲームから離れる。完成像は現実には存在しない色を持つが、その色は光がフィルターを通り、フィルムへ届いた物理的な記録でもあるため、写真の人工性と索引性が同じ場所に残る。*5
FOAMのインタビューでイートンは、写真が「人間の目にその瞬間見えている世界」をそのまま写す媒体だという考えに抗いたかったと説明している。*15 RGBフィルターを通した複数露光では、各露光は実際にフィルムへ届いた光の記録だが、完成した色の組み合わせを撮影時の人間は同時には見ていない。この差を使って、写真の記録性を「肉眼で見えた外観」と同一視できないことを示す。
AlbersとLeWitt
シリーズ名はJosef AlbersとSol LeWittを明示するが、作品は二人の様式を写真で模倣するだけではない。The Photographers’ Galleryは、立方体を「別のアイデアや現象を投影するためのプラットフォーム」とするイートンの考えを紹介している。*5
Albersの色彩知覚とLeWittの規則的な構造は、イートンが撮影手順を設計する参照点になった。*3 カメラは目の前の物体を忠実に写す装置というより、あらかじめ決めた規則を光と時間に適用し、その結果を検証する装置として使われる。
《cfaal》
Cleveland Museum of Artは《cfaal》を、RGBフィルター、運動、多重露光によって時間と空間の論理を揺さぶる抽象写真として紹介した。*3
《cfaal》では、スタジオに実在する灰色の立方体と、完成写真に現れる鮮やかな色は同じものではない。色面はRGBフィルター、立方体の回転、マスク、露光順序が同じネガ上で作用した結果である。*21 そのため一枚の写真には、置かれた物体だけでなく、どんな順序で光を与えたかという制作手順まで視覚情報として残る。
The Photographers’ Galleryは《cfaal 312》を、技法の記録であると同時に対象の記録でもあると説明している。つまり写真に記録されているのは立方体だけでなく、フィルター、露光回数、光の重なりという制作手順でもある。*5
《Polytopes》と《Iterations》
《cfaal》以後もイートンは、マスク、反射、動き、複数露光を組み合わせ、画面をより複雑な幾何学へ展開した。Higher Picturesの《Iterations》紹介は、数年以上の集中的なアナログ実験を一つの蓄積として位置づけている。*16
Capture Photography Festivalの紹介は、灰色の立方体を同じ4×5インチのネガへ繰り返し撮影し、異なるゲルと露光によって光学現象を引き出す方法を説明している。*13 対象を簡潔な立方体へ固定することで、形の物語よりも、色、露光、反射率が像をどう変えるかを比較できる実験の場が成立した。
花と《Natura Morta》
後年の花の作品では、具象的な対象が戻るが、光と色の操作は続く。M+Bは、花が豊かな静物とスペクトル像の間を往復し、肉眼では知覚できない状態を作ると説明している。*7
パンデミック期の《Natura Morta (Luce Danzante)》では、スタジオへ行けない条件から光の描画方法を再構成した。Higher Picturesは、既存の「ライトペインティング」を厳密なルールの下で作り替えたシリーズとして紹介している。*8
Bradley Ertaskiranの作家ページでは、近年の《Natura Morta》に加え、銀塩プリントとピグメントプリントを用いた作品が並び、初期のカラー多重露光だけに方法が固定されていないことが確認できる。光学的な実験を保ちながら、支持体と出力方法も作品ごとに選び直している。*20
Higher Picturesの作家アーカイブでは、《cfaal》以後も複数露光、色分解、反射率、運動といった基本原理を別の対象へ展開している作品群が継続して確認できる。*10 対象が立方体から花や複雑な構造へ変わっても、写真像を被写体の外観だけで説明しないという制作上の問題は一貫している。
M+Bの作家ページでも、《cfaal》以後の《Iterations》や後年の作品を同じ制作史の中で扱っており、単一シリーズの技法ではなく、光、フィルター、複数露光、反射を継続的に検証する実践として整理されている。*14
デジタル時代のアナログ
イートンの写真がしばしばデジタル合成と誤認されることは、作品の重要な受容の一部になった。GuardianやTIMEは、鮮やかな色が撮影後の加工ではなく、露光の積み重ねから生じる点を繰り返し説明している。*4
イートンのアナログ工程は、デジタル以前の写真へ戻るための懐古ではない。コンピュータで構図を検討しながら、最終像ではフィルム、木、紙、光に固有の誤差と物質的な反応を利用してきた。*17 デジタル画像が日常化した時期に、撮影後のソフトウェアだけでなく、カメラ内部の露光やフィルター操作にも像を大きく構成する手続きがあることを作品で示している。
Foamの2014年展《Under Construction》は、イートン、サラ・ヴァンダービーク、ケイト・ステシウ、ルーカス・ブレイロックらを、デジタル化の中で写真の価値と意味を再検討する世代として並べた。*23 共通するのは完成像を「撮ったまま」と考えないことだが、方法は異なる。ヴァンダービークは撮影用の立体を作り、ステシウは既存JPEGを切断・物体化し、ブレイロックはデジタル編集痕を残す。イートンは操作をカメラとフィルムの内部へ集中させるため、同時代のconstructed photographyの中でも、像の人工性を光学的・化学的な手続きから示す位置にある。
モホリ=ナジ以後の実験写真
Cleveland Museum of Artの《Process and Abstraction》は、イートン、Mariah Robertson、Alison Rossiterを、被写体の描写より制作過程そのものを写真の内容にする作家としてまとめた。*3 これは「抽象写真=何も写っていない写真」という理解から離れ、露光、感光材料、薬品、時間が画像を作る仕組みを作品として見る文脈である。
イートンの場合、抽象は対象を消すことから生まれない。立方体、光、フィルター、フィルムという具体的なものがあり、その関係だけが肉眼の経験を越えるため、抽象像は写真装置が何をできるかの実演になる。*18
イートン自身は、こうした実験をデジタル時代だけの新しさとは考えていない。Canadian Artの取材でマン・レイとラースロー・モホリ=ナジへの親近感を語り、実験写真と通常の肖像を同じ媒体への問いとして往復できた時代に魅力を感じると述べている。*6 モホリ=ナジのフォトグラムがカメラを使わず光と感光紙の関係を露出させたのに対し、イートンは4×5カメラ、フィルター、立体物を残したまま、レンズを通る光の順序そのものを抽象像へする。
Western Universityでは2015年、Ruth Skinnerがイートンとエリン・シレフを比較するMA論文《In Time But Not Of Time: Jessica Eaton and Erin Shirreff’s Counterpoints of View》を提出している。*22 シレフは小型の模型や彫刻を写真に置き換え、三次元の物体が二次元の像になるときに尺度や存在感が変わることを扱う。*24 対してイートンは、実在する立体をRGBフィルターと多重露光で繰り返し撮り、同じ物体から肉眼では一度に成立しない色と時間構造をフィルム上に作る。両者を並べると、2000年代以降の写真が、物体を忠実に写すことより、写真へ変換される過程そのものを作品化していた違いが見えやすい。
被写体の色と写真の色を分ける
National Gallery of Canadaは《cfaal》シリーズの複数作品を収蔵し、カナダの公的コレクションの中でイートンのカメラ内実験を位置づけている。*11 2019年にはJohn Simon Guggenheim Memorial FoundationのGuggenheim Fellowshipを受けた。*12
RGB多重露光が示すのは、写真の記録性を「撮影時に肉眼で見えた外観」と同一視できないということだ。各露光は実際にフィルムへ届いた光を記録するが、完成像は異なる色と時間の露光を一枚に統合するため、撮影者が一度に見た景色とは一致しない。イートン自身も、写真を可視的な外観の複製より広く、感光材料が光の情報を記録する仕組みとして説明している。*15
イートンの作品は、同時代のプロセス志向の写真と比較すると輪郭がさらに明確になる。2011年のCONTACT Photography Festivalはイートンとルーカス・ブレイロックを二人展で並べ、イートンがアナログのマスキングとRGB露光で像を組む一方、ブレイロックはPhotoshopのレイヤーや編集痕を見えるまま残すと説明した。*19 両者とも「撮ったまま」を写真の自然な状態とは考えないが、イートンは操作をカメラとフィルムの物理過程へ集中させ、ブレイロックはデジタル処理の痕跡を画面へ露出させる点で対照的である。
- 杉本博司 ― 光学・長時間露光・科学的装置を通じて、肉眼とは異なる時間と像を作る比較対象。
- ルーカス・ブレイロック ― デジタル編集の痕跡を露出する後続の比較対象。イートンはアナログ露光の内部で像を生成する。
- カラー写真 ― 色を被写体の属性だけでなく写真技術そのものの問題として扱う文脈。
- コンセプチュアルアート ― 手続き、規則、反復実験によって像を作る文脈。
- モダニズム ― 大判カメラとRGBフィルターの反復露光でカメラ内に色彩を生成し、モダニズム色彩理論を写真の物質的装置の内側で展開した。
出典 — 美術館・アーカイブ・専門資料(このページの §SRC に個別記載)
本文執筆 — AI
構成・編集 — 写真の座標 管理人
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