ハンス=ペーター・フェルドマン(1941–2023)は、ドイツ・デュッセルドルフ生まれの美術家である。1960年代末から新聞写真や絵葉書・私写真を収集し、小冊子《Bilder》や連続写真《Time Series》を制作した。後に《100 Years》《Die Toten》、日用品を使う展示へ活動を広げた。写真や印刷物・インスタレーションを往復し、画像の選択と配列が人や歴史の見え方を変える過程を作品にした。
撮影者が作り上げた一枚を作品の中心とする美術写真に対し、フェルドマンは新聞や広告、家庭アルバムから拾った画像も同じ素材として扱った。安価な《Bilder》では主題別の反復と見開きが意味を生み、《100 Years》では年齢順が肖像を一生の時間へ変える。作者が撮影していない新聞写真や絵葉書でも、像の選択と枚数、見開きでの対置が作品の形を決める。その方法は《Die Toten》にも及び、新聞が分けて報じた政治暴力の死者を同じ判型と時系列に置いた。RAF関係者や警官、民間人の顔は事件別の見出しから離れ、1967〜93年の死亡日を軸に連なる。
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目次 · Table of Contents
戦後デュッセルドルフ——印刷画像の乏しさから収集へ
フェルドマンは1941年、第二次世界大戦下のデュッセルドルフに生まれた。戦後の子ども時代には身の回りの印刷画像が少なく、手に入る雑誌写真や印刷物は、まだ知らない世界を見るための数少ない窓となった。*11 広告や雑誌があふれる消費社会の到来は、その収集対象をさらに広げる。*22 1960年代にはリンツで絵画を学び、1968年頃から小冊子《Bild》《Bilder》の自費制作を始める。同じ種類の物や場面を集め、説明文を付けずに主題や時間順で束ねる方法も、この時期に生まれる。*1 十二歳頃から集めていた写真を制作に生かし、1968年には絵画制作を離れて、既存の画像の選択と配列へ関心を定めた。*9 戦後西ドイツの画像環境も、その収集方法を考える手がかりとなる。戦中・戦後直後の物資不足を経て、1950〜60年代には広告や雑誌・商品パッケージ、テレビが日常へ急速に増えた。フェルドマンは大量化する印刷画像を作品の原材料とし、その選択を通じて消費社会の視覚文化を観察する。*22 戦後に拾い集めた小さな印刷物は、広告やテレビが増えた1960年代末には《Bilder》の主題別冊子へ変わっていった。 古い絵葉書や家族写真には失われた時間への関心が、広告や新聞写真には「今」の大量消費社会への観察が重なる。古写真と日用品が同列に収集されることで、過去と現在も別々の領域ではなく、人の手を経て流通する物の層として扱われる。*11
《Bilder》——安価な小冊子を作品そのものにする
初期の《Bilder》は飛行機・靴・雲のほか、女性の膝や未整頓のベッドなど身近な題材を数枚ずつ印刷した薄い冊子である。1972〜74年には《Bild von Feldmann / Bilder von Feldmann》として刊行された。*3 フェルドマン自身は、冊子を「最も簡単で安い複製方法」と説明し、友人へ郵送したり贈ったりしたと語る。*10 安価に複製して他者の手へ届けることまで作品の形式に含めた点は、アーティストブックを独立した制作形式とする動向にも通じる。壁面の一点物とは違い、印刷物は手に取ってページをめくる鑑賞を可能にする。*2 《Bilder》から《Voyeur》まで複数の版が現在も所蔵され、出版は数十年にわたる制作の柱をなす。*21 小冊子そのものを作品とし、見開きとページ順によって、隣接する像の連想や主題の反復を生み出す。安価なオフセット印刷を選んだことで、作品は一点物の写真プリントから離れ、郵便や書店を通じて複数の場所へ移動できた。*10 ページをめくる速度さえ鑑賞の条件となる。 Michel Baudsonは、1960年代末から70年代前半の《Bilder》を、写真を中心とするアーティストブックの先駆的実践として位置づけている。既存写真を主題別に再配列する行為は、写真を壁面で一枚ずつ鑑賞する制度から切り離し、ページの連続そのものへ作品を移した。*25 書物制作はその後も続いた。2023年に整理された書物のカタログでは、約55年間に157タイトル、うち50冊ほどの一点物・手製本が確認されている。*27 フェルドマンにとって本は、画像の収集と反復を通じて、見る順序を設計する中心的な媒体だった。
《Bilder》《Time Series》——単写真から系列へ
初期の《Bilder》では似た対象を並べ、一枚の写真の完成度より「何を同じものとして集めたか」を前面に出す。系列に必要な像が見つからなければ自ら撮影して補うこともあり、既存写真と自分が撮った写真との境界は、編集の規則に従属した。*20 作者がシャッターを切ったかよりも、どの画像を選び、どの系列に収めるかが作品の骨格となる。 1970年代半ばの《Time Series》では、女性が窓を拭く、船が川を進むといった小さな出来事を連続撮影した。平凡な動作をコマ送りのように連ねることで、見過ごされる短い時間が、反復する画像の間でゆっくりと展開する。*2 「決定的瞬間」を選び抜く慣習に対し、前後の似た瞬間まで系列に残す。写真は出来事の頂点を切り取る装置から、時間の均質さを観察する連続体へ変わる。 似た写真を捨てずに系列へ残すと、代表的な一枚の完成度より、像と像の差に注意が向く。《Time Series》では出来事の頂点がなく、《Bilder》では作者が撮った像と拾った像が同じページに並ぶ。*2 窓拭きの前後のコマや同じ題材の数枚を残すことで、一枚を選ぶだけでは見えない微細な動きがページ間に現れる。
《All the Clothes of a Woman》《100 Years》——所持品と年齢で人物を読む
《All the Clothes of a Woman》では、ある女性の衣服を一着ずつ撮り、着る順序に沿って配列した。人物は一度も画面に現れないが、衣服の順番と数から、着用していた身体と暮らしを推測できる。*4 下着から日常着までを同じ大きさで扱い、所有物の総体から人物像を浮かび上がらせた。 《100 Years》では、生後八か月から百歳までの友人や家族101人を年齢順に配列した。MoMA所蔵作は、個々の肖像を見せながら、閲覧者が自分の年齢を系列の中へ置き直す構造を持つ。*5 年齢順という一つの規則の中で、一人ひとりの差と、誰にも共通する加齢の時間が重なっていく。*6 肖像写真を人物の性格説明から外し、年齢という単純な編集原理へ預けた点に、フェルドマンらしい距離感がある。 衣服も年齢も、人間の内面を直接語らずに人物の輪郭を浮かばせる外側の指標である。《All the Clothes of a Woman》では衣服の総体、《100 Years》では年齢順が人物を見る枠組みになる。所有物や加齢の系列の中で、個別性と匿名性が同時に現れる。*5 《All the Clothes of a Woman》の衣類と《100 Years》の101人は、所有品と年齢という写真の外側の規則によって人物像を立ち上げる。
《Voyeur》——印刷物の異なる用途を同じページに交錯させる
《Voyeur》は新聞・雑誌の掲載写真や広告、アマチュア写真など出所の異なる画像を、説明をほぼ排して連続させるアーティストブックである。そこには長年蓄積してきた画像が、新たな順序で収められている。*17 画像の出自や作者名を一枚ずつ権威づけず、日常で目に入る速度に近い形で並べる。すると読者の注意は、隣り合う像が生む連想へ向く。 《Bilder》《Time Series》《Die Toten》では、主題が変わっても選択と順序が作品の骨格となる。*19 Serpentineのカタログも、写真や絵葉書・ポスター、日用品を同じ収集衝動から扱う実践として構成している。*18 冊子から展示へ媒体が変わっても、収集と配列が制作の中心に残る。 《Voyeur》では高解像度や作者名といった美術写真の価値基準も意図的に弱くなる。複製の粗さや出典の混在、説明の欠如によって、読者は一枚の権威よりページ間の連想を追う。広告に写る身体や報道事件、家族・商品写真が同じ印刷面に並ぶと、社会が画像に与えていた「重要/些細」「公的/私的」という階層も不安定になる。*17 《Voyeur》では、新聞と広告が日々流していた画像を説明なしに隣接させ、元の媒体では出会わなかった写真同士を一冊の中で読み比べられる。
《Die Toten》——死亡記事の再配列と政治的な記憶
《Die Toten 1967–1993》では、学生運動やRAFの活動、警察・人質事件などに関わって亡くなった百人以上の顔写真を新聞から集めた。同じ大きさの灰色の紙へ配置している。警官やテロリスト、民間人・人質は同一の形式で並び、それぞれの氏名と死亡日だけが記される。*7 事件別の新聞報道が、同じ判型と時系列によって一つの連なりになる。 《Die Toten》では、既存写真の編集が政治的な記憶にも関わる。新聞の見出しを外された顔写真は、一つの出来事を説明する役割から解かれる。その操作は、誰を英雄・犯人・被害者として報じるかというメディアの編集判断を浮き彫りにする。Kunsthalle Düsseldorfの回顧展は、初期の画像収集から政治的・歴史的作品までを同じ方法論の連続として扱った。*12 Deichtorhallenの展覧会も、個人的コレクションと公共イメージを往復する実践をキャリア全体で示している。*13 その一方、フェルドマンは政治的メッセージを説明文で固定しない。同じ大きさの顔と氏名、死亡日の反復が、事件別の新聞とは異なる歴史の読み方を生む。新聞が与えた文脈を剥がし、別の編集規則に従わせる操作である。 1967年から1993年という期間設定は、西ドイツの戦後民主主義が学生運動からRAFの活動、国家の治安対応やメディア報道を通じて揺れた時間を覆う。作品は死者を同じサイズへ揃えるが、同一化したからこそ「誰がどの側に属したか」という既存の物語がいったん停止する。*7 それでも編集者の選択は残る。誰を含め、どの新聞写真を選び、どの期間で閉じるかはフェルドマンの判断である。編集の規則そのものが、政治史をどう語るかに関わる。 死者の反復は、著名な事件の代表写真へ歴史を集約する見方も揺さぶる。百人を超える死者の顔を反復すると、著名なRAFメンバーに加え、警官や人質・一般市民の死が同じ時間軸へ現れる。*7 歴史を象徴的人物へ集約せず、出来事の周縁に置かれた死者まで視覚的な総量として示すところに、彼の収集方法が政治史へ接続した意味がある。 Daniela Kneisslは《Die Toten》をめぐる批判を整理した。テロリストと犠牲者を同じ時系列に置き、新聞記事の文脈を外したため、政治的な差異が曖昧になるという反発を招いたと指摘する。一方、Kneisslは暴力の美化という解釈には与しない。1967年から1993年までの死を、連続した歴史としてたどる「記憶と追悼の文化」の試みとして読む。*26 死亡日で連ねた灰色の紙面では、RAF関係者や警察官・民間人の異なる死を同じ年表に置くことで、その同列化自体が批評の対象となる。
《Bilder》から《Voyeur》へ——撮影後の選択を作品にする
フェルドマンは写真家として評価される一方、作品の多くはカメラ操作より編集や複製・収集を中心に成立する。彼が扱ったのは、日常に流通する画像や物が人の現実認識をどう形作るかという問題であり、再配置によってその慣れた意味が変わる過程だった。*14 MoMAの作家ページでも、写真や書籍・インスタレーションを横断する実践として収蔵されている。*23 写真の作者を撮影者だけに求める見方では、彼の仕事の全容を捉えきれない。 作者性への距離は、署名や一点物の価値にも及ぶ。Friezeの対談で本人は、自分を「artist」と名乗ることへの違和感を示し、初期の冊子を高尚な形式ではなく安価な複製と説明した。*10 日常物の収集と再配置は、美術制度が署名や希少性によって作品価値を決める仕組みにも問いを投げかけた。*22 署名から距離を取る姿勢は、画像が市場や印刷媒体、家庭内でどのように価値を得るかを問う制作にも通じる。 自ら撮影していない写真も、発見から複製、サイズや提示順の選択を通じて作品に組み込んだ。その過程で、作者の仕事をシャッターを切る行為の外側にも具体化している。*14 日常に流通する写真を、編集によって成立するコンセプチュアル・アートへ接続した。 同時代のコンセプチュアル・アートでは写真がアイデアを記録する補助媒体として使われることが多かったが、フェルドマンでは既存画像の流通そのものが主題になる。作品に使う写真を自ら撮らない場合でも、像の採否や並置、終点を決める判断は消えない。*23 《Bilder》から《Voyeur》まで、撮影者不詳の写真が作品となる条件を画像の採否や主題別の束ね方、ページ順で具体化した。
グッゲンハイムの10万ドル——複製物と交換価値の展示
2010年のHUGO BOSS Prize受賞後、フェルドマンは賞金10万ドルをすべて一ドル札に換え、Guggenheimの展示室の壁へ一枚ずつ貼った。流通済みの紙幣が壁一面で反復すると、同じ額面を持つ一枚一枚の差と、総額としての価値が同時に見えてくる。*15 HUGO BOSSの記録も、賞金をそのまま展示物へ転換した事実を伝える。*16 Kunstpalastの回顧展は、この行為を六十年にわたる収集・数量化・価値づけの方法の延長に置いている。*24 ファウンド写真の収集は、複製物の数量と価値を探る制作へも連なった。Centre Pompidou所蔵の《Shadow Play》では、影や玩具・日用品へ対象が広がる。集めた物を配置し直し、見る条件を作る操作は初期から一貫する。*8 画像の流通や分類・再利用に目を向けた手法は、後続のアーカイブ実践やアーティストブックにも接続する。 紙幣を用いた展示も、写真冊子と同じ複製・反復の原理によって成立する。紙幣も大量複製された同一規格の品でありながら、一枚ずつ異なる番号を持つ。フェルドマンが長年扱ってきた絵葉書や新聞・家族写真と同様、「同じに見える多数のもの」に社会が別々の価値を与える仕組みが露出する。*15 晩年のインスタレーションにも、複製物の数量や交換価値、展示制度を一貫して扱ってきた方法が息づく。 初期の冊子から紙幣展示まで、同一物の反復を通じて値段や希少性、署名・展示場所がどのように価値を形作るかを問い続けた。《Bilder》の冊子では印刷画像を、グッゲンハイムの壁面では一ドル札を繰り返し、複製物の値段と見せ方を制作の材料とした。*24
- エド・ルシェとの比較:安価な印刷物を作品の主要媒体にした点は共通するが、フェルドマンは既存画像を大量に収集し、作者不明の像まで同じ編集規則へ入れた。
- ゲルハルト・リヒター《Atlas》との比較:新聞・雑誌・私写真を蓄積する点は近い。リヒターが絵画制作の参照庫としても用いたのに対し、フェルドマンは選択と配列そのものを完成作品にした。
- クリスチャン・ボルタンスキーとの比較:匿名写真とアーカイブを使う点は共通するが、フェルドマンは画像流通と価値の平準化、ボルタンスキーは記憶と死の演劇的な展示へ比重を置く。
出典 — 美術館・アーカイブ・専門資料(このページの §SRC に個別記載)
本文執筆 — AI
構成・編集 — 写真の座標 管理人
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