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PHOTOGRAPHERS/FRANK GOHLKE ·ニュー・トポグラフィックス ·UPDATED 2026.10
FG
§ 434 — Photographer Index — ニュー・トポグラフィックス

フランク・ゴールケ

Frank Gohlke 1942–
Countryアメリカ Period1970–2000s Channel写真史の論点 · ニュー・トポグラフィックス
Abstract

フランク・ゴールケ(Frank Gohlke、1942–)は、米国テキサス州ウィチタフォールズ生まれの写真家である。大学で英文学を学び、ウォーカー・エヴァンスやポール・カポニグロから写真の指導を受けた。1975年の『ニュー・トポグラフィックス』展に参加。穀物エレベーターや1979年の竜巻被災地を撮影し、1980年に噴火したセント・ヘレンズ山にもカメラを向けた。『Measure of Emptiness』や『Mount St. Helens: 1981–1990』では、地上と上空からの視点を組み合わせて土地の変化を追っている。

この写真家が変えたこと

アンセル・アダムスがヨセミテの山岳や渓谷を精緻なプリントに仕上げたのに対し、ゴールケは農地の穀物エレベーターを線路や道路、広い空とともに捉えた。1978年には、その写真群によるMoMA個展を開いている。文化地理学者J・B・ジャクソンの著作からは、建物や道を土地利用の歴史として見る視点を学んだ。1979年の竜巻後に故郷ウィチタフォールズを撮影したゴールケは、翌年メイプルウッド・アベニューの同じ位置にカメラを据えた。家屋の破壊と再建を二枚の画面で比較する『Aftermath』である。一枚の眺めを完成された風景として提示する伝統に対し、同じ土地へ再訪する方法を加えた。二つの時点の比較によって自然災害と人間の仕事が残した変化を読み解く。

Keywords ニュー・トポグラフィックス 穀物エレベーター Aftermath セント・ヘレンズ山 再撮影 風景写真
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 04 背景と時代

エヴァンスとJ・B・ジャクソン——建物を歴史として見る

フランク・ゴールケは1942年にテキサス州ウィチタフォールズで生まれ、テキサス大学とイェール大学で英文学を学んだ。イェールでウォーカー・エヴァンスに接し、後にポール・カポニグロから写真を学ぶ。エヴァンスから学んだ路傍の建物への視線とカポニグロから学んだ自然の形や光への注意は、後に農業施設を含む平原の写真で重なり合う。*1

写真の技術と並んで風景の捉え方を形づくったのが、文化地理学者J・B・ジャクソンの文章だった。2011年のインタビューでゴールケは、建物や道路に残る生活の痕跡を土地利用の歴史として見るようになったと振り返っている。*20 穀物エレベーターのそばの線路は、収穫物を集めて町から運び出すための経路を地表に残している。同じ施設を見上げる写真と施設から平原を見下ろす写真では、農地と建築の関係が逆転する。

『ニュー・トポグラフィックス』——人工の風景を選ぶ

1975年、ジョージ・イーストマン・ハウスで開かれた『New Topographics: Photographs of a Man-Altered Landscape』に参加。展覧会には住宅地や産業施設を写した作品が集まった。ロバート・アダムスの郊外とゴールケの穀物エレベーターも、人の手で変わった土地として並ぶ。*13 展覧会を企画したウィリアム・ジェンキンズは抑制した描写に着目したが、参加作家の土地への関心は一様ではなかった。*15 2000年代の再評価展によって、1975年の参加作家たちを一つの美学のもとで考える議論も広がっていく。*17 両者の違いは、撮影対象の背後にある経済活動に表れる。アダムスが住宅開発による郊外の拡大を追ったのに対し、ゴールケは収穫物を集積する施設と、その周囲に広がる農地を写している。*14

§ 02 / 04 表現の核心

『Measure of Emptiness』——穀物エレベーターが測る距離

1970年代のゴールケは、平原にそびえる穀物エレベーターを周囲の空や道路とともに繰り返し撮影した。《Grain Elevator, Near Kinsley, Kansas》では、建物の大きさは空や道路との比率から現れる。*5 収穫物を集めて鉄道で都市に送り出す穀物エレベーターは、道路や線路と一体になって農地と市場を結ぶ輸送網を形にしている。《Landscape from the Grain Elevator, Happy, Texas》では、今度は施設の側から平原を見渡す。*6 塔を見上げる視点と塔から平原を見渡す視点が対をなし、建物と土地の主従が入れ替わる。《Large Grain Elevators, Enid, Oklahoma》でも、広い空が塔の垂直線を取り巻く。周囲の空間との比率から、建物の高さを伝える構図である。*18

『Measure of Emptiness』では似た施設を繰り返し撮影し、遠景で平原の尺度となる塔が近景では巨大な壁として見えることを捉えた。レベッカ・ソルニットは、穀物エレベーターの垂直な形と水平に広がる農地の収穫との結びつきを論じている。*24 農地に水平に広がる収穫が、貯蔵塔では垂直に積み上がるという二つの形に、農業経済の仕組みが表れている。

《Grain Elevators and Lightning Flash》——建築と稲妻

《Grain Elevators and Lightning Flash, Lamesa, Texas》(1975)では、直線的な穀物エレベーターの背後に一瞬の稲妻が現れる。*4 直線的な施設の輪郭へ、制御できない天候が入り込む。産業施設の規則的な形と空を裂く稲妻との対置。竜巻の《Aftermath》に先立つ1975年の一枚に、固定された農業施設と瞬間的な気象現象が同居していた。

『Aftermath』——竜巻直後と翌年を同じ位置から見る

1979年4月10日に故郷ウィチタフォールズを襲った竜巻では、42人が直接の犠牲となった。*25 破壊された住宅地を撮影したゴールケは、翌1980年に同じ地点へ戻ってカメラを構えた。『Aftermath』の二枚一組の写真は、竜巻直後に残った家屋の痕跡と、一年後の再建を同じ構図の中で比べる。*12

メイプルウッド・アベニューを同じ方向から写した1979年4月と1980年6月の写真は、同一地点に戻ることの意味を具体的に伝える。*20 撮影地点とカメラの向きを揃えているため、住宅地の姿が一年余りでどう変わったかを直接比べられる。報道写真が被害直後の状況を伝えるのに対し、ゴールケは二度の撮影で住民が土地をどう使い直したかを作品の中心に据えた。2009年のインタビューでゴールケは、災害そのもの以上に、災害の後で人々が何を行うかに関心を向けていた。*19 家屋があった位置や残された木を同じ画角で比べることで、復旧の進み具合を追える。その作業には竜巻以前の故郷を思い出す行為も重なっていた。

1979年と翌年の住宅地を比べるために場所と画角を選び直す作業には、被災状況の調査と幼い頃から知る街の記憶が重なる。2011年に本人が選んだ作品一覧には、竜巻の比較写真に加えて母親と娘、実家の裏庭を撮った写真も含まれている。*20 家族を写した1972年の写真と1979〜80年の被災地の再撮影は、ウィチタフォールズを作者の生活史と街の災害史の双方から捉えている。

§ 03 / 04 代表作・技法・出版

セント・ヘレンズ山——地上と上空の異なる視野

1980年のセント・ヘレンズ山噴火を受け、ゴールケは翌年から1980年代を通じて山域を訪問。地上からの撮影に航空写真やパノラマを組み合わせ、噴火口と倒木地帯に加えて火山灰に覆われた斜面も追っている。*7 1982年の《Blowdown at Ryan Lake》は倒れた木々を地表に近い高さから捉え、航空写真は噴火口と倒木地帯の広がりを上空から示す。二つの視点を併用することで、被害の細部と地形全体の規模を一つの連作で比較できる。

『Mount St. Helens: 1981–1990』——地形と視点の反復

『Mount St. Helens: 1981–1990』では、噴火の傷跡と、その後の地形や植生の変化を長い時間の中で見直す。《View of Mount St. Helens Crater from Independence Pass》(1981)と後年の像を比較すると、地形の変化に伴って、見る側が捉える風景の尺度も変わっていく。*9 《Mount St. Helens shrouded in its own cloud》(1983)では、噴火後の山容が雲に覆われ、地形の輪郭が一部しか見えない。*8 1981年の噴火口の俯瞰と1983年の雲に包まれた山容を対置すると、撮影地点や天候によって山の見え方が変わることが分かる。年月の隔たりもその差に重なる。

竜巻の被災地のように道路や住宅が復旧する場所とは異なり、火山の地形は人間の生活時間より長い変化を続ける。航空写真と地上の写真を組み合わせることで、一つの土地に出来事の瞬間と長い回復の時間が折り重なる。1981年から1990年までの反復撮影は、竜巻の一年後を比べた『Aftermath』よりも長い尺度で、地表の変化を追っている。

『The Sudbury River』——見た目には現れない汚染

1980年代末から90年代初めにかけて、ゴールケはマサチューセッツ州のサドベリー川を撮影した。1993年には、その写真群が展覧会と写真集『The Sudbury River: A Celebration』に結実した。*21 《Tire, the Sudbury River, Framingham》(1991)には水辺に残されたタイヤが写る。流域には染料工場などに由来する化学汚染の歴史もあった。米環境保護庁はニャンザ化学廃棄物処分場からの水銀などの汚染について、調査と浄化を進めてきた。*22

ゴールケは《Nyanza Superfund Site, Above the Sudbury River》(1990)や《Chemical Brook Enters the Sudbury River》(1991)でも汚染地周辺を撮影した。撮影地点を米環境保護庁の記録と照らすと、景観の輪郭だけでは分からない汚染源が特定できる。1994年の同時代批評も、写真に写る風景の穏やかな外見と水質汚染の事実が食い違う点を取り上げた。*23 1990年の化学廃棄物処分場と1991年の流入地点を捉えた二枚は、題名が具体的な場所を示すことで、水面の外観からは分からない水銀汚染の歴史と結びつく。副題「A Celebration(賛歌)」は川への愛着を表す。一方、公的調査が記す有害物質は、その風景の穏やかな外観と食い違う。*22 水辺の写真とEPAの調査資料を併せて読むことで、ゴールケの作品はサドベリー川の美しさと汚染の双方を考える資料となる。

『Landscape as Longing』——移住者の街クイーンズ

2003年にジョエル・スターンフェルドとクイーンズ区の撮影を委嘱されたゴールケは、フェンスや庭、空き地などを写した。海岸や住宅にも目を向け、移住者の暮らす街の形を追っている。写真集『Landscape as Longing』ではゴールケの白黒写真が前半を占め、後半にスターンフェルドのカラー写真が続く。同じクイーンズを二つの視線でたどる構成だ。*16

この前半と後半の区分は、同じ街に残る生活の異なる痕跡を読むための編集でもある。*16 本の末尾には作家スケトゥ・メータの文章も収められた。柵や庭木と住宅の増改築を写したゴールケの白黒写真には、移住者がクイーンズの敷地をどう使い直したかが残る。道路や庭を暮らしの履歴として見るジャクソンの考え方は、ここでは住宅地の柵や増改築を読み取る視線につながる。庭や柵の使われ方を捉えた白黒写真から、商店や宗教施設に集う人々を写したカラー写真へ進むページ順が、移住者の街の多様な表情を結んでいる。*16

§ 04 / 04 評価・批判・写真史上の位置

ニュー・トポグラフィックス——客観的な外観と撮影者の選択

1975年の『ニュー・トポグラフィックス』を特徴づける抑制した外観も、ゴールケの穀物エレベーターでは、空の広さと建物までの距離を選ぶ撮影者の判断によって成立している。*3 例えばカンザス州キンズリー近郊の穀物エレベーターを遠望した一枚では、空と道路の占める割合が建物の大きさを決める。

2011年のインタビューでは、画面の範囲を選ぶ行為そのものが、一つの「場所」を提示する営みだと語っている。*20 撮影対象は画面の外まで続く道路や土地の一部分である。《Landscape from the Grain Elevator, Happy, Texas》では、地面から塔を見上げる写真と逆に、建物の側から農地の広がりを捉える。その判断は、災害直後と復旧後を重ねて撮るときにいっそう明瞭になる。1979年と1980年のメイプルウッド・アベニューの対写真では、同じ位置に立ち直すこと自体が制作の条件になった。

『Accommodating Nature』——変化し続ける土地の歴史

2007年の回顧展『Accommodating Nature』は、穀物エレベーターや竜巻被災地を含む制作を紹介した。火山と郊外の写真も加わり、自然と人間の相互作用をたどる構成である。*11 穀物エレベーターの建設と竜巻後の住宅再建には、人間の仕事が直接現れる。一方、セント・ヘレンズ山の植生回復は別の速度で進む土地の変化を伝える。施設の建設や町の再建、川の汚染への対応には、それぞれ元に戻らない変化が伴う。

ゴールケは穀物エレベーターを繰り返し撮り、災害後の土地へも再訪した。経済活動から復旧や汚染に至るまで、土地に残る痕跡を異なる時間の写真として追ってきた。その歩みには故郷の記憶も重なる。『Aftermath』が一年余りの変化を比べるのに対し、『Mount St. Helens: 1981–1990』は約十年間の変化を追う。スミソニアン美術館の回顧展は、人間と自然が絶えず土地を作り変える過程として作品を位置づけた。*2 住宅が建て直されたウィチタフォールズと植生が戻るセント・ヘレンズ山では、回復の主体も速度も異なる。どちらも同じ土地へ戻って撮ることで、初回の写真では写らなかった時間を扱う作品となった。*10

§ REL 関連する写真家・運動
Photographers
  • ロバート・アダムス ― 同じ『ニュー・トポグラフィックス』参加作家。ゴールケは荒廃の批評に加えて風景の回復過程を長期に観察した。
  • ルイス・ボルツ ― 工業団地や郊外の構造を冷静に捉えた同時代人。ゴールケの土地への感情や気象への注意と対照をなす。
  • ベルント&ヒラ・ベッヒャー ― 建築の類型を統一条件で比較した。ゴールケは施設と周囲の空、道、植生の関係を重視した。
  • ポール・カポニグロ ― 1967~68年に学んだ先行者。自然の形態と光に向けた注意が、産業風景にも応用された。
  • ジョエル・スターンフェルド ― クイーンズで共同制作した写真家。住居と土地、商店と文化が交わる風景を相補的に描いた。
§ REF さらに読む
Measure of Emptiness: Grain Elevators in the American Landscape
Frank Gohlke / 1992年初刊

カンザス州の穀物エレベーターやテキサス州の平原を繰り返し撮り、塔の垂直線と農地・道路の水平線を比較する写真集。

書誌情報を見る ↗
Accommodating Nature: The Photographs of Frank Gohlke
Amon Carter Museum / 2007年

穀物エレベーターからウィチタフォールズの竜巻、セント・ヘレンズ山の反復撮影までをたどり、土地と時間をめぐる制作を検証する回顧展図録。

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§ SRC 出典

出典 — 美術館・アーカイブ・専門資料(このページの §SRC に個別記載)

本文執筆 — AI

構成・編集 — 写真の座標 管理人

資料の収集と本文の執筆はAIが行い、構成と編集は管理人が行っています。事実関係は管理人がAIを用いて最終チェックしていますが、誤りが残っている可能性があります。正確さが必要な場合は、各ページ §SRC の一次資料をご確認ください。