1894年、フランス西部ナントにルーシー・シュウォブとして生まれたクロード・カアンは、1910年代から執筆、演劇、写真を行い、マルセル・ムーアと長く共同制作した。剃髪、衣装、仮面、鏡、二重像を使うセルフポートレートと、1930年の書物『Aveux non Avenus』で、一枚の肖像が人物の性別、人格、作者を確定できるという期待そのものを不安定にした。
カアンは、同じ身体を剃髪、衣装、仮面、鏡像、二重像として反復し、顔が鮮明に写っていても一つの性別や人格へ確定しにくい肖像を作った。マルセル・ムーアとの共同制作では、モデル、撮影者、編集者、作者名の境界まで一人に固定しにくくなる。肖像写真が持つ「本人がそこにいた」という現実感と、扮装、反復、共同制作を同時に働かせたことで、外見から人物の性別、役割、作者を一つに決める肖像の慣習そのものを画面の内部で不安定にした。戦間期の演劇、出版、シュルレアリスムを横断して同じ問題を繰り返したため、セルフポートレートの奇抜さを越えて、写真が人をどのように一人の人物として分類するのかを検査した仕事として読める。
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目次 · Table of Contents
筆名
カアンはナントの文学者の家系に生まれ、1917年までに性別を一義的に示しにくい「Claude Cahun」の名を用いるようになった。MoMAの作品・作家記録は、作家活動が写真、執筆、彫刻、演劇へまたがっていたことを示している。*1 この名前は後世の概念を先取りしたラベルとして扱うより、出生名から距離を取り、著者名そのものを自己表象の一部にした選択として見る方がよい。フランス文化省の資料によれば、1920年代には実験演劇にも参加し、1930年には写真モンタージュを組み込んだ『Aveux non Avenus』を刊行した。*17 写真で行う扮装は、文章、名前、舞台で繰り返された役割変更と連続していた。
写真以前の共同制作にも、後の方法につながる構造がある。アレクサンドラ・ブルスは、叔父マルセル・シュウォブにつながる象徴主義文学の環境を踏まえ、初期の『Vues et Visions』でカアンの文章とムーアの挿絵が対になっていたことを指摘する。二人は筆名も用い、文章と図像の組み合わせによって、一人の「天才的作者」へ作品を集中させない考えを早い段階から試していた。*32 後年のセルフポートレートで作者、モデル、撮影者の位置が揺れる構造は、この長い共同制作史の中にすでに準備されていた。
ムーアとの共同制作
マルセル・ムーアことシュザンヌ・マレルブは、1909年にカアンと出会って以後、生活上のパートナーであり、挿絵、写真、出版の共同制作者でもあった。Jersey Heritageは、二人が40年以上にわたり生活と制作を共有したことを記録している。*8 ムーア自身は1910年代からファッション挿絵や舞台関係の仕事を行い、『Aveux non Avenus』のフォトモンタージュも共同制作と考えられている。*7 SFMOMAでは多数の写真がカアンとムーアの連名で登録され、近年の所蔵研究そのものが作者帰属を見直している。*5 カアンがカメラの前で何者かを演じる時、その像を撮影し、選び、切り貼りする別の作者がそばにいたという事実によって、「セルフポートレート」という呼び方自体が複数の制作主体を含む。
扮装
1921–22年の《Untitled》では、カアンは頭髪を剃り、男性服を着て、カメラへ正面から視線を返す。MoMAはこの写真をカアンとムーアの共同作として登録し、ダンディ、重量挙げ選手、飛行士、人形など異なる人物像を演じた連作の一部として説明している。*2 同作の詳細研究ページは、二人が曖昧な性別をもつ筆名を使い、演劇と写真を共同で制作していた背景まで記録している。*3 ここで写真は内面を告白する窓というより、髪型、衣服、姿勢、視線のわずかな変更が「男らしい」「女らしい」「子どもらしい」といった読みをどれほど簡単に発生させるかを検査する装置になる。
鏡と反復
鏡、二重露光、左右対称、顔の反復は、同じ人物を一枚の中で複数化するために使われた。Penn State Librariesが公開するイェール大学博士論文の概要は、鏡やフレーミング、フォトモンタージュが写真表面の境界と主体/客体の関係を不安定にすると整理している。*14 カリフォルニア大学の研究も、鏡を使うセルフポートレートを、当時の性別・セクシュアリティを固定的な本質として見る考えへの応答として分析している。*15 写真はモデルが実在したことを強く保証する媒体だからこそ、同じ人物がまったく異なる服装、髪型、役割で反復されると、「同じ人が写っている」という事実と「この人は何者か」という判断が一致しなくなる。カアンは写真の証拠性をそのまま利用し、外見から人物を分類する判断の不確かさを露出させた。
《Que me veux-tu?》では、二重化した顔が互いに引き寄せられながら一致せず、人物の同一性が一枚の写真の中で分裂する。*22 Museum Boijmans Van Beuningen所蔵の1929年セルフポートレートは、カアンとムーアが参加した実験演劇ル・プラトー、仮面状のメイク、役を演じる身体との関係から解説されている。*21 本人を特定するための肖像写真と、別人になるための舞台技法が同じ画面で働くため、顔が鮮明であることは人格の確定につながらない。演技を重ねるほど、写真が普段どれほど外見から人物像を決めているかが逆に明らかになる。
共同制作
Jersey Heritageのコレクションは写真、ネガ、手紙、原稿、出版物を二人のアーカイブとして整理し、現在も「Cahun and Moore」の名で公開している。*27 ムーアは1910年代から新聞のファッション挿絵を手がけ、のちに舞台や出版でもカアンと協働した。*28 カメラの前に立つ人、シャッターを切る人、像を切り貼りする人を一人へまとめられない制作環境は、作品に写る「自己」だけでなく、作品の外側にいる「作者」も単数に固定できないことを示す。人物像の複数性と作者性の複数性が、同じ制作方法から生じている。
『Aveux non Avenus』
『Aveux non Avenus』は、詩、夢、断章、哲学的な文章とフォトモンタージュを組み合わせ、通常の自伝のように一人の人生を時系列へ整えない。The Metの所蔵記録では、カアン、ムーア、ピエール・マック・オルランが著者として記載され、写真製版を含む書物として確認できる。*11 NGVは、顔、目、口、身体が鏡像、切断、反復によって配置され、テキストと同様に人物像を一つへまとめない構造を詳しく論じている。*12 MIT Pressの英訳版も、この作品を告白を期待する読者に「否認」を返す書物として紹介する。*16 セルフポートレートはページ上で別の写真や言葉と衝突し、一貫した自伝的主体を作る代わりに、自己説明そのものを断片化する。History Compassの研究史整理は、象徴主義、フランス第三共和政、シュルレアリスムという制作時の文脈を残して読むことの重要性を指摘する。*26 現代のジェンダー論は有効な入口だが、当時の出版形式と社会規範まで含めることで、なぜ写真と文章を一冊の中で分解・再配置したのかが具体的になる。
ジェニファー・L・ショーは『Aveux non Avenus』を、個人的な自己探究だけで完結する書物として読んでいない。第一次大戦後フランスの伝統的な性役割、宗教的保守性、出生奨励、同性愛をめぐる社会状況を背景に置き、文章とフォトモンタージュが当時の文化規範を批判する構造を論じている。さらにシュルレアリスム内部の欲望や身体表象も検討対象になる。*30 断片化された顔や身体は「自由な自己表現」の図解に収まらず、誰が正常な身体や性別を定義できるのかという戦間期の社会的な争点と結びついていた。
抵抗
1937年に二人はジャージー島へ移住し、ドイツ占領後は反ナチ抵抗を始めた。Jersey Heritageによれば、BBC放送をもとにドイツ語の小紙片を作り、ドイツ兵内部の反体制者が書いたように見せるため「名前のない兵士」と署名して配布した。*9 コレクションには50点以上の抵抗文書が残り、1944年の逮捕、死刑判決、減刑、1945年の解放までの経緯も追える。*10 ジャージー島での生活史は、二人が占領前から同じ家で制作し、退避せずに抵抗を選んだことを確認している。*6 ここで写真作品と抵抗活動を直線的な因果で結ぶ必要はない。ただ、筆名、仮面、他者を装う声、作者を隠した配布物という方法が、芸術の領域を越えて政治的な偽装にも使われた事実は、カアンの「固定した名前や役割」に対する持続的な関心を考える重要な背景になる。
シュルレアリスム
カアンは1930年代にアンドレ・ブルトンらのシュルレアリスムと行動を共にしたが、その作品を運動の典型へ吸収すると差異が薄れる。NGVは、男性シュルレアリストが女性身体の断片化を用いた時代に、カアンが自らの身体を衣装と演技の場として扱い、女性/男性の境界そのものを問い返したと論じている。*13 2006年の研究は、カアンとフリーダ・カーロの自己像を比較し、鏡像や二重化が異性愛規範的な人物表象へ挑戦したと位置づけた。*18 韓国の研究論文は、ジェンダーだけでなく、1920年代の演劇における人工性や1930年代のオブジェ制作、政治的関心まで含めて作品の変化を読む必要を指摘している。*19
再発見
カアンの写真が広く美術館と研究の対象になったのは、制作当時よりかなり後である。近年のジャージーのアーカイブはセルフポートレート、出版物、抵抗文書をまとめて公開し、作品を一枚の象徴的な「ジェンダー写真」へ縮めない資料環境をつくっている。*10 2026年にフランスの公立博物館が『Aveux non Avenus』の所蔵資料をオンラインで紹介していることも、書物と共同制作の再検討が続いていることを示す。*20 MoMAがマルセル・ムーアを独立した作家として整理し、カアンとの共同制作年表を公開していることは、従来の「孤独なセルフポートレート作家」という像を修正する。*4 今日のジェンダーやクィアの語彙は作品を読む有効な入口になる一方、カアン自身が活動した戦間期の演劇、シュルレアリスム、政治運動、共同制作を置き去りにすると、写真が人物を分類する仕組みへの批判が見えにくくなる。
近年の研究は、カアンのジェンダー表現をムーアとの共同制作、衣服、演劇、シュルレアリスムのオブジェ、文章と同じ制作史の中で分析している。Louisville大学の研究は、二人の写真、衣服、同性の視線、欲望、シュルレアリスムを一続きの制作として扱う。*23 CUNYの博士論文は、写真、文章、パフォーマンスと受け手の参加を作者性の問題として論じている。*24 Illinois大学の研究は、ジャージー島の反ナチ活動を匿名性、演技、複数の主体位置という初期作品から続く方法として検討する。*25 こうした研究を重ねると、カアンの写真は「現代的なジェンダー像の先駆」という一語より具体的になる。顔を写せば一人の人物を説明できるという肖像の前提を、モデル、撮影者、衣装、鏡、編集、筆名のすべてで繰り返し破綻させたことが作品の固有性である。
ショーの『Exist Otherwise』は書簡と日記を使い、ナントとパリの文学・演劇、シュルレアリスム、ムーアとの共同生活、ジャージー島の反ナチ抵抗までを連続して検討している。*29 ルイーズ・ダウニー編『Don’t Kiss Me』もJersey Heritage所蔵資料を基礎に、写真技法、鏡、演技、ムーアとの共同制作、抵抗活動を複数の研究者が扱う。*31 この研究史によって、よく知られたセルフポートレートを文章、舞台、共同制作、政治行動まで続く長い実験の一部として読める。カアンとムーアが繰り返し操作したのは、身体の見た目、話す声、写真に写る人、作者として名乗る人という複数の役割だった。
- マン・レイ ― 同時代のパリで写真、シュルレアリスム、セルフイメージの異なる使い方を比較できる。
- マルセル・ムーア ― 撮影、挿絵、フォトモンタージュ、抵抗活動まで共同した作家。カアン理解の中心人物。
- ハンナ・ヘッヒ ― フォトモンタージュを使い、社会的な性役割と大衆印刷物を批評した同時代の比較対象。
- セルフポートレート ― 「本人の顔」を示す形式を、衣装、鏡、反復、共同撮影によって不安定にした。
- シュルレアリスム ― 夢、変身、オブジェ、身体の断片化を扱った運動。ただしカアンはその女性像に批判的な差異を持つ。
- 反ファシズム / ジャージー占領 ― 芸術上の匿名性とは別に、偽名と作者を隠した言葉が実際の抵抗運動へ使われた歴史。
- 象徴主義と文学 ― 叔父マルセル・シュウォブ周辺の文学環境と、初期の『Vues et Visions』で文章とムーアの挿絵を組み合わせた経験は、写真以前から作者名、仮面、共同制作を考える基盤になった。
書簡・日記と作品を横断し、戦間期パリ、マルセル・ムーアとの共同制作、シュルレアリスム、ジャージー島での抵抗を歴史的条件の中で追う基礎研究。
公式・所蔵情報を見る ↗『Aveux non Avenus』の文章とフォトモンタージュを一体で分析し、戦間期フランスの性規範や社会批判との接続を詳しく検討する。
公式・所蔵情報を見る ↗Jersey Heritage所蔵資料を基礎に、二人の共同制作、写真技法、鏡、演技、抵抗活動を複数の論考から確認できる。
公式・所蔵情報を見る ↗出典 — 美術館・アーカイブ・専門資料(このページの §SRC に個別記載)
本文執筆 — AI
構成・編集 — 写真の座標 管理人
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