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PHOTOGRAPHERS/ROY ARDEN ·コンセプチュアルアート ·UPDATED 2026.08
RA
§ 197 — Photographer Index — コンセプチュアルアート

ロイ・アーデン

Roy Arden
Countryカナダ Period1990–2000s Channelイメージを疑う · CONCEPTUAL
Abstract

ロイ・アーデンは、バンクーバーの建設現場、廃棄物、住宅地を大判カラーで撮る一方、新聞・公的アーカイブの古写真を再編集し、2000年代にはネット画像を数万点規模で収集した写真家。〈Landscape of Economy〉から《The World as Will and Representation》まで、現在を撮ること、過去の写真を読むこと、流通画像を集めることを一つの都市史として扱った。

この写真家が変えたこと

アジェやウォーカー・エヴァンスは都市を写真で記録し、1970年代末以降のシェリー・レヴィーンやリチャード・プリンスは、すでに流通する写真そのものを作品の材料にした。アーデンはこの二つをバンクーバーの同じ歴史へ向けた。1980年代には新聞・公的アーカイブの史料写真を再編集し、1990年代には開発現場、廃棄物、郊外住宅を自ら撮り、2000年代にはネット画像を大量に収集した。都市を撮ることと、都市について残された写真を調べることを同じ制作課題にしたことで、経済変化の痕跡と、その変化がどのような画像として記憶され、再び流通するかを一つの作品史として追った

Keywords Vancouver School Landscape of Economy アーカイブ写真 都市風景 写真概念主義 The World as Will and Representation
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 04 背景と時代

バンクーバー写真概念主義――コンセプチュアル・アートの後で都市を撮る

ロイ・アーデンは1957年にバンクーバーに生まれた*5。1982年にEmily Carr College of Art and Designを卒業し、1990年にブリティッシュ・コロンビア大学でMFAを取得した*4。Art Canada Instituteは、1980年代に成立した「Vancouver photo-conceptualism」という呼称を、ジェフ・ウォール、イアン・ウォレス、スタン・ダグラス、ロドニー・グラハム、アーデンらがコンセプチュアル・アートの問題を写真へ持ち込んだ地域的な文脈として整理している*23。ナンシー・タウズリーの論考によれば、アーデンはイアン・ウォレスやIain Baxterのもとで学び、UBCではウォールの指導を受けた一方、直接撮影の参照点としてウジェーヌ・アジェやウォーカー・エヴァンスも意識していた*24。彼の方法は、バンクーバーの作家に共通する「大判カラー写真」という外見から説明するより、写真が中立な窓ではないというコンセプチュアル・アート以後の認識を受け入れながら、それでも都市を直接撮ることに何が残るかを試す過程として捉える方が正確である。

《Fragments》――人物・室内・都市の断片を連作で並べる

初期の《Fragments, Photographs, 1981–85》は、その後の都市風景よりも近距離で、人物、室内、身体、都市の細部を飽和した色と浅い焦点で捉えている。Oakville Galleriesは、この時期にバウハウス、シュルレアリスム、ヴォルスの写真から影響を受けながら、「個人的だが自伝的ではない」視覚を探していたと説明する*2。The Polygon Galleryによる再展示は、この初期シリーズが後年の冷静な都市写真の前史として切り捨てられるものではなく、断片を並べ、個々の像から一つの世界像を作る発想がすでに存在していたことを示した*3。写真はここで、自己告白の透明な器というより、断片化された経験を選択し、配置するための形式になっている。

§ 02 / 04 表現の核心

アジェ/エヴァンスの都市記録と、既成写真の流用を一つの実践へ

都市を写真で体系的に残す試みはアーデン以前から存在した。MACBAの「Universal Archive」は、シャルル・マルヴィルやウジェーヌ・アジェからベレニス・アボットへ続く都市ドキュメントの系譜を示す一方、1970年代にはNew Topographicsやマーサ・ロスラー、アラン・セクーラによって、写真の証言性を自動的に信頼する態度が問い直されたと整理している*26。同じ1970年代末から1980年代には、シェリー・レヴィーンやリチャード・プリンスを含むPictures Generationが、すでに流通している広告・報道・文化産業の画像を流用し、オリジナルや作者性を批判の対象にした*25。アーデンはこの二つの流れをバンクーバーの具体的な歴史へ結びつけた。1980年代半ばから新聞社や公的アーカイブの古写真を取り込み、Contemporary Art Galleryが「retrieved/appropriated」と呼ぶそれらの像によって、写真を通じて歴史がどのように構築されるかを再考させた*1。VOXの回顧展も《Rupture》《Abjection》を、バンクーバーの社会史を既存写真の選択と再文脈化によって読む仕事として位置づける*7。流用そのものを目的化せず、古写真が誰によって保存され、どの出来事が都市の記憶として残されたのかを、現在の都市撮影と同じ問題として扱った点が重要である。

「Landscape of Economy」――開発、廃棄物、住宅を歴史の表面として撮る

1990年代、アーデンは再び自分で撮影した大型カラー写真へ戻り、建設現場、廃棄物処理場、新興住宅、道路脇など、都市の価値が作られ直される場所を選んだ。CAGは1993年展を、絵葉書的な風景から離れ、住宅・商業開発や廃棄物の場所をマトリクスとして示し、ブリティッシュ・コロンビアの社会経済的変化へ読解を向ける試みと説明する*1。Goldfarb Galleryも、1991–96年の作品群で「Landscape of Economy」が主要な主題となり、新しい都市の粗暴な出現と、現在の表面に残る過去の痕跡が同時に扱われたと述べる*8。そのため彼の都市風景は、出来事を劇的に報道する写真ではなく、地価、労働、開発、消費と廃棄が地面や建物の形として現れた状態を読む写真になった。Border Crossingsがパルプ工場の廃棄物や巨大住宅を彼の「経済生活」の代表的モチーフとして挙げるのも、この視点による*9

なぜ写真だったのか――都市を記録しながら、記録の制度も見せる

アーデンの制作で写真が必要なのは、都市の外観を記録できるからだけではない。ナンシー・タウズリーは、彼の仕事を近代性と資本主義が日常の表面へ残す痕跡を追う実践として論じ、写真と近代資本主義の歴史がほぼ同時期に始まったことにも注意を向けている*24。ここで直接撮影と流用は別の技法ではない。現在の開発現場を撮った写真は、その場所がある時点で実在したことを物質的な痕跡として残す。一方、新聞社や公的機関に保存された古写真を使えば、過去の都市が何を出来事として選び、どの像を後世へ残したかまで作品に含められる。さらにウェブ画像では、保存より検索と反復が像の見え方を決める。本人もインタビューで、写真史、美術史、インターネット画像、日常的な視覚文化を分断せずに語っている*10。したがって彼にとって写真は、都市の変化を写す記録媒体であると同時に、その都市が自分自身をどのように記録し、保存し、再流通させてきたかを調べられる史料でもある。直接撮影からアーカイブ、ネット画像へ方法が変わっても、この二重性は一貫している。

インターネット画像へ拡張されたアーカイブ

2000年代以降、その収集の論理はウェブへ拡張された。Contemporary Art Galleryは、アーデンが1980年代に歴史写真を利用した仕事から、後年にはファウンド・イメージを映像やオンライン作品へ展開した流れを整理している*6。《The World as Will and Representation – Archive 2007》は、インターネットから集めた28,144点の画像を1時間36分50秒にわたって高速提示するデジタル・スライドショーである*12。Ciel variableが記録する2004年版は10,000点・38分51秒で、作品自体が増殖する画像アーカイブとして更新されていた*11。ショーペンハウアーから借りた題名だけを作家の思想として読むのではなく、欲望、暴力、商品、身体、芸術など異質な画像を同じ速度で連続させる構造に注目すると、アーデンが都市の史料写真で行っていた収集と再編集が、ネット上の画像流通へ拡張されたことが見えてくる。

§ 03 / 04 代表作・方法・媒体

《Foot (#1), Vancouver》――初期カラー写真の近接性

National Gallery of Canadaが所蔵する《Foot (#1), Vancouver》は、初期のCibachrome作品を実際に確認できる*13。後年の都市景観と比べると対象との距離が近く、身体の一部を切り取るフレーミングと強い色彩が前面に出る。初期作品を含めて見ると、アーデンの一貫性は「都市を客観的に記録する作家」という説明より、断片を選び、その断片同士の間に歴史や欲望の連鎖を作る編集的な視線にある。

《Pulp Mill Dump #2》――廃棄物を都市風景の中心へ置く

Pulp Mill Dump #2》は、「Landscape of Economy」の考えを端的に示す。Oakville Galleriesの所蔵ページは作品画像と基本情報を公開しており、産業廃棄物が自然風景の周辺ではなく画面の主役として扱われていることを確認できる*14。美しい景観と荒廃した景観を対立させる構図より、経済活動によって生まれた物質が風景そのものを構成している事実を冷静に見せる。公式サイトに残る1990年代以降の写真群も、住宅、工業地帯、空地、路上の物体を同じ視覚密度で扱っている*16

《Terminal City》と、単写真から画像システムへ

MoMA所蔵の《Terminal City》は1999年のゼラチン・シルバー・プリントで、同シリーズでは匿名的な都市空間をモノクロームで反復している*15。一方、Ikon Galleryの2006年の展覧会は1985–2005年を横断し、アーカイブ作品、直接撮影、映像などを同じ作家像の中で提示した*17。アーデンにとって一枚の写真の完成度と、複数画像をどう並べ、蓄積し、循環させるかは別々の問題ではなかった。プリント、写真集、展示、スクリーンという媒体の違いに応じて、都市を記録する写真と、すでに存在する画像を読む作業を往復した。

§ 04 / 04 批評と写真史上の位置

Vancouver Schoolの内部で――ウォールの演出写真とは異なるリアリズム

アーデンはVancouver Schoolの一員として紹介されることが多いが、その位置はジェフ・ウォールの大規模な演出写真と同一ではない。Art Canada Instituteが示すように、この地域の共通項は単一の見た目より、コンセプチュアル・アート以後に写真を批評的な媒体として使ったことにあった*23。Ciel variableによるVancouver Art Gallery展の批評も、アーデンの仕事を都市、記憶、歴史資料、現代の視覚文化を横断するものとして扱い、単一の「バンクーバー様式」へ回収しない*18。ウォールが撮影前の演出とタブロー形式によって写真のフィクション性を可視化したのに対し、アーデンは既存写真の再編集、一見平板な都市記録、ネット画像の蓄積を往復した。写真概念主義の問題を、劇的な一枚の構築より、都市に残る断片と画像の履歴を読む方法へ展開したのである。

美学化への批判を抱えた「汚れた」都市写真

都市の廃棄物や荒廃を大判カラーで精密に撮れば、それ自体が美術館で鑑賞される洗練された像になるという矛盾は避けられない。Canadian Artの《UNDERTHESUN》評は、アーデンの映像と写真に、価値の低いものや視覚文化の残骸を執拗に集める姿勢を見ている*19。Georgia Straightのインタビューも、作家が美術、画像、都市生活を一つの連続した経験として考えていることを伝える*20。したがって批評性は「醜い場所を撮った」ことだけに宿るのではなく、美術写真が何を価値ある対象として選び、何を捨てるかという選別の制度まで作品の内部へ持ち込む点にある。

撮影・アーカイブ・ネット画像を同じ写真史として扱う

Galleries Westが後年の展覧会で取り上げたように、アーデンは写真、コラージュ、映像、オンライン画像の流通へ継続的に関心を広げた*21。Oakville Galleriesのコレクションにも初期から1990年代まで異なる形式の作品が残り、方法の変化が一時的な転向でなかったことが確認できる*22。アーデンの転換は、都市写真の題材の選択だけには収まらない。写真を「撮影された一枚」として閉じず、アーカイブに保存された過去、現在の都市表面、ネット上を循環する無数の既成画像を、同じ歴史的な視覚環境として読む道筋を作った点にある。

§ REL 関連する写真家・運動
Photographers
  • ジェフ・ウォール ― 同じバンクーバー文脈に属しつつ、演出された大規模タブローとアーデンの直接撮影/アーカイブを比較できる。
  • スタン・ダグラス ― 都市史とメディア装置を扱う同時代作家。写真、映画、歴史再構成の方法が異なる比較軸になる。
  • ロドニー・グラハム ― バンクーバーのコンセプチュアルな写真・映像文化を考える際の重要な同時代作家。
  • ウジェーヌ・アジェウォーカー・エヴァンス ― 都市を歴史の堆積として記録する写真の重要な先行例。アーデンが参照したリアリズムの系譜を考える基準になる。
  • シェリー・レヴィーン/リチャード・プリンス ― 1970年代末以降、既成写真の流用から作者性と画像流通を問うたPictures Generationの比較軸。
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