ルカーシュ・ヤサンスキーとマルティン・ポラクは、プラハの街路、建築、村、記念物、教会、日用品を、抑制された連作として撮るチェコの作家デュオ。《Pragensia》《Abstraction》《Ignatius》《Churches, Churches》などで、写真が「客観的な記録」に見えるための型をあえて使い、その型に潜む価値判断、制度、歴史意識を露出させてきた。
1980年代後半のチェコ写真には、個人的な象徴や主観を強く押し出す美術写真の伝統が残っていた。二人は、正面性、反復、白黒プリント、類型的な連作という冷静な形式を使い、記録、抽象、風景、文化財写真といったジャンルが、どのような見え方によって成立するのかを問い続けた。既存ジャンルの視覚的な規則を身近な対象へ適用することで、主観的表現とは異なる方向から、日常の記録と写真ジャンルへの批評を同じ連作に結びつけた。
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目次 · Table of Contents
1980年代末のプラハ――主観的な美術写真から距離を取る
ヤサンスキーは1965年、ポラクは1966年にプラハで生まれ、二人は1980年代半ばから共同制作を始めた。シリーズ一覧には《Old & Arranged》《Pragensia》《Television》がすでに1986–88年に現れ、共同名義が作品の単位になっている*3。チェコの写真を再検討したMuseum of Contemporary Photographyは、ビロード革命後に写真の役割そのものが問い直された文脈を示し、二人を、当時のチェコ美術写真に強かった極端な主観性から距離を取った作家として論じる*1。
最初期の《Old & Arranged》《New Arranged》には、学校での写真教育やスロヴァキア・ニューウェーブ、演出写真への反応が指摘されている。2012年の本人インタビューでポラクは、写真分野からの直接的な参照よりも、造形作家フランティシェク・スカーラを当時もっとも強い影響として挙げている*25。《Pragensia》の正面性や非劇的な描写は後に「ベッヒャー的」と評されたが、制作当時の二人はベッヒャー夫妻を知らなかった。本人たちは、鑑賞者を喜ばせる要素を持たない普通の物を撮ること自体を自分たちで「発見した」と振り返っている*25。彼らが写真に求めたのは、身近な現実から美術写真らしい魅力を取り除いたとき、それでも写真として何が残るのかを確かめることだった。
二人は、街路、建物、村、日用品を一定の距離から反復して撮り、劇的な瞬間や作者の感情を画面から抑えた。Artlistはその実践を、写真の「芸術的」効果を抑えながら、写真という媒体の慣習を検査するポストコンセプチュアルな仕事として整理している*2。1980年代末からのシリーズを所蔵資料としてまとめるVVP AVUも、《Report – Humanistic Photography》《Abstraction》《Nature》《Ignatius》など、既成ジャンルの名称を意図的に引き受ける展開を記録している*11。
共同制作を作者性の問題へ変える
二人の写真は、どちらがシャッターを押したかを鑑賞の中心にしない。Moravian Galleryは2013年展で、個別シリーズだけでなく「共同制作」そのものを二人の方法を貫く論点として扱った*6。同展のカタログも、写真ジャンル、展示、協働という三つの軸から彼らの仕事を整理している*13。個人の視点を署名の中心に置かない共同名義は、彼らの冷静な画面と対応し、写真を作者の内面の告白として読む習慣を弱める。
シリーズでしか調べられない――一枚を避ける理由
二人にとって連作は、無表情な写真を同じ形式で並べるための様式ではない。本人たちは、一つの「領域」や「現象」は段階的に調べなければならず、一枚だけの独立した写真を作ることは自分たちには考えにくいと説明している*25。さらに、作品が一つの正しい意味へ回収されることを避け、「誤読できるように」意味を曇らせることを制作の基本的な柱とまで述べる*25。この二点を合わせると、系列の必然性が見えてくる。単写真が対象を象徴する強い一枚になりやすいのに対し、連作では似た写真の差、例外、反復、退屈さが蓄積し、鑑賞者は自分がどのジャンルや社会的カテゴリーを使って像を読んでいるのかを途中で点検せざるを得ない。
《Abstraction》――写っているのに「抽象」に見える仕組み
1994–96年の《Abstraction》は、床の汚れ、壁面、光、物の断片など、現実に存在する対象を鋭い白黒写真として示す。Galerie Rudolfinumは同シリーズを、1990–2010年のチェコ写真が媒体そのものを変異させた文脈で紹介している*8。MoCPは、明確に具象的なものを撮りながら抽象写真の語彙を模倣することで、「抽象」を成立させる視覚コードを露出させる仕事と説明する*1。
《Abstraction》には、カメラが「そこにあったものを記録した」と受け取られやすい写真の性質が不可欠だった。対象を加工して抽象画にする代わりに、現実の表面をそのまま写し、その像が抽象として分類される瞬間を作る。写真の記録性と美術ジャンルの読み方がぶつかるため、作品は形式遊びに閉じず、鑑賞者が無意識に使う分類の規則へ戻っていく。ARTMarginsのレビューも、チェコ現代写真を「何を写したか」より写真の制度や慣習を問い直す実践として読む展覧会の中に二人を置いている*19。
《Ignatius》《Landscapes》――文化財写真と風景写真を内側から使う
《Ignatius – Photography of Historical Sights》(1996–2002)や《Landscapes – County Photography》(1998–2000)は、文化財や地方風景を「正しく」記録する写真の語彙を借りる。VVP AVUの資料は、シリーズ名そのものに「文化財写真」「地方写真」という制度的なジャンル名が組み込まれていることを示す*11。PhotoRevueは、彼らが建築、文化財、報道、抽象、風景といった写真のカノンを、冷静さとユーモアを使って反復的に突くと評している*16。
真正面から均質に撮ることで、価値判断を消すのではなく、その判断が写真の形式からどのように生まれるかを示す。史跡写真らしい構図を使えば、ありふれた建物でも保存に値する「文化財」のように見え、風景写真らしい距離を取れば、郊外や空地にも郷土的な意味が付着する。二人は撮影対象と形式のずれを小さく保つことで、鑑賞者がジャンル名から期待する権威を静かに揺らす。
撮影地と展示場所の関係を作品にする
2025年のNoD Galleryで二人は、写真が「どこで撮られたか」と「どこに展示されるか」の組み合わせが意味を生むことを、設営中の対話を通じて具体的に語っている*7。Galerie Závodnýの展覧会は、アナログ写真の物質的な痕跡と会場への配置を結びつけ、写真を壁面の孤立したイメージに限定せず、空間の条件と連動するものとして扱った*9。PLATO Ostravaも、既存の写真ジャンルを使いながらその期待を裏切る二人の方法を、展示構成そのものと結びつけて説明している*10。
《Pragensia》から《Brussels Sprouts》へ――都市と制度の記号を読む
《Pragensia》(1986–90)は、観光都市プラハを街路に蓄積した断片の系列として捉えた初期の重要作である。シリーズの年代と後年のカタログ化はSVITとVVP AVUの双方で確認できる*3。その後の《Brussels Sprouts》(2007)では、国家や文化を代表するデザイン、展示、制度の見え方へ関心が移り、MoCPはルイーズ・ローラーの制度批評と比較しながら、全国的表象のコードに潜むアイロニーを指摘する*1。
初期作から一貫しているのは、社会の中ですでに定着した「見せ方」を、わずかに過剰なほど忠実に反復する方法である。2010年の《Colour Photography》についてMasaryk Universityの文献記録は、色彩静物のシリーズが二人の協働と写真/美術の境界を改めて扱ったことを示している*15。《Colour Photography》では、色彩も写真ジャンルの規則を試す手段として使われている。
《Na bílém papíře》――日用品の組み合わせが示す1989年の生活
1989年の《Na bílém papíře(白い紙の上)》では、パスポート、紙幣、衣類、食品などを白い背景の前で撮り、複数の物の組み合わせから旅行、仕事、身分、消費といった当時の生活を連想させる。パヴェル・ヴァンチャートは、この14点のカラー写真を、静物写真の形式を使いながらチェコスロヴァキアの日常の断片を不意に結びつける初期作として論じ、《Vtipy》や《Abstraction》へ続く、物とその写真表現の不釣り合いな即物性の前段に位置づけている*26。
本人たちによれば、白い紙は物から周囲の文脈を外すための「無菌的」な背景だった。一方、パスポートとコーヒーのように隣り合う物同士には、生活場面を想起させる関係を与えていた*25。初期から彼らは背景を減らし、系列内の関係から意味が生まれる条件を作っていた。後の《Abstraction》や《Churches, Churches》で写真ジャンルそのものが読み方を誘導する仕組みを扱う方法は、この時期にすでに現れている。
《Churches, Churches》――類型化と社会の痕跡
《Churches, Churches》(2012)は、ポーランドの現代教会を連続して撮影したシリーズである。Culture.plの画像ギャラリーでは、各建築を冷静に反復する画面をまとまって確認できる*20。Galeria Arsenałは、二人の方法をドキュメンタリーとコンセプチュアルの双方にまたがるものとし、信頼できそうな記録の外観と、対象への皮肉な距離が同時に働くと説明している*21。
教会建築を同じ方法で連続して見ると、宗教、地域建築、ポスト社会主義社会の公共空間がどのような形で残ったかを比較できる。GHMPの《J/P/K》展も、反復、連作、アーカイブを二人の基本的手段とし、ポスト社会主義圏の遺物、歴史、時間を、ノスタルジーとアイロニーの距離から扱うと説明した*4。
写真集とカタログ――一枚より系列を読む媒体
二人の仕事は一枚の代表作より、連作と出版で理解しやすい。2013年のJRP|Ringier/tranzit.czによるモノグラフは長期のシリーズを一冊にまとめ、D.A.P.の書誌もその出版を写真家デュオの主要モノグラフとして扱う*18。Moravian Galleryの同年カタログは106ページの展覧会図録として刊行され、図書館記録には1986–2013年の写真を対象とする資料であることが明記される*14。2019年のGHMPカタログも《J/P/K》展に合わせてチェコ語・英語で刊行され、シリーズが展示と印刷物を往復して受容されている*12。
《10 000》――「写真らしい写真」をわざわざ古い方法で作る
《10 000》(1987–2010)は、オープンリール式テープレコーダーのカウンターを0から9999まで撮影するという、ほとんど過剰な規則だけで成立するシリーズである。二人は完成時、効率のよい現代的な出力を選ばず、古い印画紙と光沢処理を用いる「完全に古風な写真の道筋」で実現しなければ意味がないと判断したと語っている*25。数字そのものより、小さな光沢写真を繰り返し作る労働と物質的な手順が作品の核になった。そこでは「写真」という歴史的な物体自体が主題化される。コンセプトだけならリストやデータベースでも成立する題材を、あえてアナログ写真の時間、紙、処理へ縛り直すことで、彼らが写真の内容だけでなく「写真らしさ」を生む慣習と物質を一貫して対象化していたことが分かる。
「デッドパン」を無表情さで終わらせない
二人の画面はしばしばデッドパンと呼べるほど抑制されるが、無感情な客観主義を目指しているわけではない。Moravian Galleryは、彼らがキャリア初期から写真の使い方を根本的に再考し、新しい仕事ごとに前提を定義し直してきたと評価する*6。2010年の展覧会評も、バナリティを徹底して扱い、写真の既成カノンへ軽い悪戯を仕掛ける態度を特徴として挙げる*16。
ユーモアは、「ちゃんとした記録写真」の文法を厳密に守るほど、対象と制度のずれが目立つ構造から生まれる。Art+Antiquesのインタビューは、二人が作品、共同制作、展示をめぐる判断を固定的な作者神話から離れた実務的な会話として扱う様子を伝えている*17。冷静な記述そのものが批評の方法になっている。
チェコ写真史の中で――写真をジャンルの自己点検へ使う
1989年以後のチェコ美術では、社会制度の転換と同時に、写真が何を証明し、何を芸術として見せるのかも再検討された。MoCPの「50% Grey」は、その変化を複数世代の作品で示し、ヤサンスキー/ポラクを媒体の慣習を直接扱う主要な作家として扱う*1。GHMPの2019年展は、三十年以上続く安定したデュオとして、反復、連作、アーカイブを彼らの基本的な表現手段と総括した*5。
彼らが写真史にもたらした重要な視点は、ドキュメンタリーとコンセプチュアルを対立させず、記録写真がもっとも「普通」に見える瞬間に、その普通さを支える制度や趣味を読むことにある。作品は大事件を見せなくても、街、教会、村、壁、日用品をどう並べれば「歴史」「文化財」「抽象」「風景」になるのかを問い続ける。二人の写真は、ポスト社会主義の記憶そのものを図解するより、何が価値ある記録として選ばれるのかを写真文化の側から検討している。
共同作者性、コピー、反復――チェコ・ポストモダンの別系統
美術史家カレル・チーサシュは、1989年前後の彼らをチェコ写真だけの文脈から捉え直し、《Kresby》《Na bílém papíře》の連作、共同作者性、直接的なアプロプリエーションを、ロザリンド・クラウスが論じたコピー、再生産、記号の反復可能性と重ねている*27。彼はこれを直接的な影響関係の主張として扱わず、当時のチェコ美術に現れたポスト構造主義的ポストモダンへの「ローカルな応答」と位置づけ、写真の「拡張された場」や1970年代の「反写真」をめぐる議論へ接続している*27。
チーサシュの研究は、二人の初期作が当時のチェコ美術史で一般化した「ポストモダン」の枠に収まりにくかった点も検討している。チーサシュは、後年の展覧会や図録で彼らの作品がポストモダンの区分から外れ、別の章に収録された例を挙げる*27。絵画や彫刻の様式変化を中心に組み立てられた歴史では、共同制作、連作、コピーといった写真の操作が十分に見えにくかった。抑制された画面には、写真の作者、原本、系列という制度を問い直す1980年代末の問題意識も含まれていた。
ベッヒャー夫妻との比較――類型写真が担う役割の違い
ベッヒャー夫妻を思わせるのは、中央透視、人物を排した画面、劇的な空や演出を避ける冷静な描写である。ただし、両者の方法が成立した経緯と目的は異なる。ヤサンスキー/ポラク自身は、《Pragensia》で後にベッヒャー的と見なされる形式を使った時点ではベッヒャー夫妻を知らなかったと明言している*25。批評家ヨゼフ・フフマは、その共通点を確認したうえで、ベッヒャー夫妻が巨大な工業施設を均質な条件で類型化したのに対し、二人は同じように冷静な外観をチェコの小都市、郊外、空地へ向け、対象の取るに足りなさと写真の厳密さの落差からアイロニーを生むと論じている*23。画面の冷静さは似ていても、類型写真が果たす役割は異なる。ベッヒャー夫妻の類型学が比較可能性を作るのに対し、ヤサンスキー/ポラクでは「比較に値する対象とは何か」という写真側の価値判断まで不安定になる。
SVITの展覧会資料は、1980年代末からコンセプチュアルな手続きを平凡で目立たない状況へ適用し、チェコ現代美術における写真の位置そのものを問い直してきたと評価している*22。2012年の大部な作品集も、類型的なシリーズ、写真像のパラドックス、二人で制作することのパフォーマティブな性格、デッドパンなユーモアを長期的な特徴として整理している*24。ベッヒャーの方法が対象を同じ条件に置いて形態差を比較可能にしたのに対し、ヤサンスキー/ポラクでは、分類の形式そのものが、チェコ社会の土地、制度、公共空間、文化的記号がどのように「普通」のものとして見えているかを点検する装置になる。
《Chlapi》と《Český člověk》――類型化の精度より、偶然の社会像
フフマは《Chlapi》を、ヤン・マリー、イルジー・ポラーチェク、イヴァン・ルッテラーによる《Český člověk》や、アーヴィング・ペンの類型的肖像の系譜と並べながら、その差も指摘している。《Český člověk》が均質な条件で人物を集めたのに対し、《Chlapi》は街頭で出会った男性を半ばルポルタージュのように拾い、撮影上の完璧さより「男性というカテゴリーがどれほど雑多なものを一つに束ねるか」を連作の側で示す*23。《Chlapi》の類型化は、秩序を完成させるより、カテゴリーそのものの粗さを露出させる。
- トーマス・デマンド ― 記録画像の信頼性を扱う点は共有するが、デマンドが模型を再撮影するのに対し、ヤサンスキー/ポラクは現実のありふれた対象を既存ジャンルの形式で撮る。
- ベルント、ヒラ・ベッヒャー ― 同一条件による類型写真との比較から、ヤサンスキー/ポラクがその冷静な記述をチェコの日常とアイロニーへ向けた差が見える
- コンセプチュアルアート ― 写真を作品の「窓」ではなく、分類、反復、制度、展示の仕組みを検討する道具として扱う接点。