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PHOTOGRAPHERS/FRANK VAN DER SALM ·ニュー・トポグラフィックス ·UPDATED 2026.08
FS
§ 183 — Photographer Index — ニュー・トポグラフィックス

フランク・ファン・デル・サルム

Frank van der Salm
Countryオランダ Period1980–1990s Channelイメージを疑う · CONCEPTUAL
Abstract

フランク・ファン・デル・サルムは、絵画の資料として使っていた写真を、三次元の現実が一枚の平面へ変わる仕組みを考える媒体として選んだオランダの写真家。ボケ、俯瞰、人工光、切り取りを使う《Tour》《Panorama》や『NOWHERE』では、実在する都市が模型やCGのように見える。建築そのものと、広告、レンダリング、写真によって先に作られる「都市のイメージ」が循環する現代を扱ってきた。

この写真家が変えたこと

ニュー・トポグラフィックス系の人工景観写真を出発点にしたファン・デル・サルムは、都市を「人間が作った風景」として観察するだけでなく、広告、建築写真、模型、レンダリングによって現実の都市そのものが先回りして設計・評価される状況を撮影の主題にした。全面合焦や統一フォーマットを固定せず、ボケ、焦点、露光、切り取り、プリントの大きさを場所ごとに変えるため、実在する街が模型やCGのように見える。建築の記録と都市イメージへの批評が、同じ一枚の中で重なる仕事である。

Keywords ニュー・トポグラフィックス 都市写真 建築写真 NOWHERE Tour 選択的な焦点 グローバルシティ
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目次 · Table of Contents
§ 01 / 04 背景と時代

絵画から写真へ――「現実のフィクション」を平面で作る

フランク・ファン・デル・サルムは当初、画家を志し、絵を作るための素材として写真を使っていた。本人は、頭の中にある完成像を絵画として実現できず、資料写真を改善しようとする過程で写真そのものへ移ったと振り返っている。画家クラース・グッベルスからは、一本の線の張力と、その周囲に残る空間を見ることを学んだという。*2 写真を選んだ後も問題は対象の正確な再現ではなく、三次元の現実が一枚の平面へ変わるときに何が起こるかだった。学生時代の論文題名も「現実のフィクション」であり、建築や都市は三次元性がもっとも自明な対象だからこそ、その反対側にある写真の平面性を検討する場になった。*2

ニュー・トポグラフィックス以後――全面合焦を固定ルールにしない

公式略歴は初期の仕事がニュー・トポグラフィックスの影響から始まったと記している。そこから対象は、人間が改変した風景から、グローバル化、政治と経済の圧力、画像で満たされる現代都市へ広がった。*1 オランダの風景写真を扱うライデン大学の研究では、ファン・デル・サルムは、人為的に作られた国土を1990年代以後に撮った作家の一人として論じられている。*3 一方、本人はドイツの同世代に多い全面合焦、横位置、統一フォーマットを固定した方法には距離を取り、場所や状況ごとに写真技術を変える必要があると語る。*2 技術カメラを教えたワウト・ベルガーの教育は、若いオランダの写真家に大判カメラと距離を置いた風景観察を伝えたと研究されており、ファン・デル・サルムの出発点にもその環境があった。*4

§ 02 / 04 表現の核心

建築を説明する写真から「建築で作る写真」へ

オランダの建築写真には、完成した建物を最良の状態で記録し、雑誌や出版物を通じて建築家や様式の評価を支える長い制度的役割があった。Nieuwe Instituutのコレクション史は、建築写真が建物の代理となり、建築家の意図を公衆へ伝える媒体として使われてきたことを整理している。*13 ファン・デル・サルムはこの役割を知りながら、建築の形や機能を忠実に「翻訳」することを自作の目的にしていない。本人は、最終的には建築そのものより写真像が目的になると説明する。*2 Urs Stahelも《Spot》などを論じる際、彼を通常の建築写真家から区別し、「建築を撮る」以上に建築を材料として写真を構成する作家として読む。*5 Nieuwe Instituutが建築家との対話の場へ彼を招いたことも、実務写真と自律作品の境界に立つ活動を示す。*12

ボケ、ティルト/シフト、人工光――三次元を模型へ変える

ファン・デル・サルムの都市は、実在する場所なのに建築模型、広告CG、巨大な舞台装置のように見えることがある。ReVueの論考は、《Spot》で焦点面やカメラの操作によって奥行きのある建築空間が平面の色面へ近づく過程を分析している。*5 Rijksmuseum所蔵の《Tour》は、2002年のパリを高所から撮り、高速鉄道HSLによって変わる時間と距離を、焦点、露光、フレーミングが作る現実と抽象の緊張として見せる作品である。*6 ING Collectionの《Panorama》のような大きな都市景観も、場所を説明する手掛かりより、光とスケールによって都市を一つの像として見せる方向にある。*7 TANKは2005年の特集で、ファン・デル・サルムの写真を、現実なのに模型のように見える都市像として紹介している。*14

人を個人として見せない――場所より「時代」を写す

都市を扱いながら、ファン・デル・サルムの写真には人物の顔や物語が中心として現れにくい。本人は人間を個人として見せないことで、画面を見る人が、その場にいる唯一の具体的な人物になるよう考えていると説明する。*2 ライデン大学の論考は、わずかに外れた焦点や《Square》《Network》のような一般名詞のタイトルによって、特定都市の情報が薄れ、都市の型や構造が前に出ると指摘する。*3 Akinciでの展覧会に寄せたMaxine Kopsaのテキストも、特定の場所とどこにでもありうる都市像、現実と錯覚が同時に働く点を論じている。*17 本人が自作をドキュメントと呼ぶなら「場所より時代の記録」としたいと述べるのは、この匿名化と対応する。*1

§ 03 / 04 代表作・方法・媒体

《Tour》2002――高速鉄道が縮めた時間と距離をぼかす

《Tour》は、ニュー・トポグラフィックス的な「地形の記述」から彼が離れたことを端的に示す。Rijksmuseumは、HSLの開通によってパリとオランダの距離感が変わる状況を背景に、モンパルナス・タワーから撮られた街の光が、焦点を外すことで小さな点へ変わると説明している。*6 都市の情報を細部まで提示せず、交通が作る速度の感覚を、何が写っているか判別しにくい画面へ置き換える。その結果、《Tour》では都市の細部を正確に読むことより、移動によって変わった距離感と、夜景の光が作る時間感覚が前に出る。*6

Forum 2004–05――建築家の委嘱を自律作品へ変える

建築家との協働でも、ファン・デル・サルムは竣工写真の役割に収まらない。Herzog & de Meuronからの委嘱で制作したバルセロナのForumプロジェクトは、2004–05年に建築と写真の双方の文脈で展示され、公式サイトには一連の作品画像と展示歴が残る。*18 本人は、建築家から仕事を受ける場合も自作としての独立性を保ち、通常の建築写真が担う設計・構造・機能の説明とは別の像を作ると述べる。*2 Nieuwe Instituutのコレクション史が示すように、建築写真は長く、建築を社会へ伝える代理像として機能してきた*13。ファン・デル・サルムのForumでは、委嘱写真でありながら、建物の構造説明より「建築が写真の平面でどう見えるか」が作品の中心に残る。*12

『NOWHERE』――25年の都市を一冊の「どこでもない街」にする

2021年のNOWHERE – Imagining The Global City』は、約25年の仕事を異なる都市の断片から一つの架空都市のように編集した写真集である。Paradoxは、異なる都市で撮られた画像を、ときに上下を反転させながら連ね、消費社会の架空の大都市が「どこにでもあり、どこにもない」ように立ち上がる構成と説明している。*8 Hartmann Booksも、建築、デザイン、都市景観が国際的な企業活動と画像流通によって均質化し、「Instagramで見栄えする」都市像が各地に反復される問題をこの本の背景に置く。*10 Rijksmuseumの書誌情報は360ページの出版物として同書を収蔵し、上下を反転したページを含む画像群が互いに問いかけるように組まれ、全体で「どこにでもあり、どこにもない」架空都市を形づくる構成を説明している。*11 The Guardianもこの展覧会を25年にわたる都市の夢と空虚さを横断する仕事として写真付きで紹介した。*15

241枚・41語――AIで作品同士の潜在的な接続を見せる

『NOWHERE』展では、過去作品をAIで並べ替える18メートル幅の映像壁が制作された。Paradoxによれば、241枚の写真に「24/7」「alienation」など41の語を付し、各画像と語の関係を数値化したデータを用いて、アムステルダム大学などと展示システムを構築した。*9 AIは新しい都市画像を生成せず、四半世紀の作品群を固定シリーズの順序から外し、画像と語の近さから別の結びつきをリアルタイムに組み直すために使われた。*9プロジェクト全体も、写真集、物理的なプリント、AI映像壁、公開プログラムを一つに組み合わせていた。*8

§ 04 / 04 批評・受容と都市写真の系譜

「問題を含んだ美しさ」――都市批判を結論にしない

ファン・デル・サルムの写真は、グローバル都市の均質化や資本の力を扱うが、告発写真の明快な結論を用意しない。本人は自作の魅力を「問題を含んだ美しさ」と表現し、美的な引力そのものを、見る側が都市像へ近づく入口として使う。*1 B sceneのインタビューでも、商業広告や不動産画像と同じ競争をするのではなく、見る側が判断できる余白を写真に残す必要を語っている。*2 作家論を書いたディルク・ファン・ウェールデンは、都市生活ではコンクリートやガラス、交通と同じほど、その都市が自分自身を成長させるために生産する画像が強く作用していると論じ、私たちがそうした像をどう見分け、より自由に見るかを作品の問題として挙げる。*26 ファン・デル・サルムは美しさを画面から取り除かない。都市を商品化する広告やレンダリングと似た視覚的な引力を残したまま、その像が何を隠し、何を現実らしく見せているのかを判断する余地を鑑賞者に残している。Kopsaの批評も、作品を反都市的な道徳判断へ単純化せず、人工光、距離、曖昧な場所性が都市への魅惑と違和感を同時に作ると読む。*17 2022年のROOF—A「NOW+HERE」も、『NOWHERE』以後の仕事を、実在都市と想像上の都市が重なる問題として継続させた。*16

ヴェネツィアから北京へ――国際展で広がる「グローバル都市」の比較

ファン・デル・サルムは2001年、第49回ヴェネツィア・ビエンナーレのオランダ館企画「Post Nature」に参加し、都市と人工環境を扱う仕事を国際的な美術の文脈へ置いた。*19 2008年にはFries Museumの個展と写真集『Multiplicity』で、それまでの都市像をまとまった形で提示している。*20 その後、撮影対象はアジアの経済都市へも広がり、2025年には北京のThree Shadows Photography Art Centreで『NOWHERE』を再構成した大規模個展が開かれた。公式記録では26点のプリント、現地制作2点、AI映像壁が展示された。*22 China Dailyの展覧会評は、《Site》などの浅い被写界深度によって現実の建築がデベロッパーの模型のように見え、世界各地の新都市が似た未来像を共有することを指摘している。*21

ショア、アールスマン、ズワクマン――人工景観をどう撮るか

1975年の「New Topographics」は、壮大な自然景観から、工業地帯、郊外、道路、日常的な人工景観へ視線を向けた展覧会だった。SFMOMAはこの展覧会を、戦後の風景写真に大きな方向転換をもたらした出来事として説明している。*23 オランダでは1980年代以後、ワウト・ベルガー、ヤンネス・リンデルス、ハンス・アールスマンらが、大判カメラや高い視点を使い、劇的な風景や社会報道とは異なる仕方で人工景観を撮った。ライデン大学の研究は、この流れの後にファン・デル・サルムを置き、わずかなボケと《Square》《Network》のような一般名によって、特定の場所の細部を弱め、都市の型そのものを見せる方法を指摘している。*3 同研究は、同世代のエドウィン・ズワクマンも「一般化された現代風景」に関心を持つ比較対象として挙げるが、ズワクマンが模型を作って現実らしく撮るのに対し、ファン・デル・サルムは実在の街を撮って模型のように見せる。*3

都市から人が消えて見えることも、この一般化に関わる。建築・デザイン批評家アーロン・ベツキーは、アジアの新都市、西側のビジネス街、空港や地下鉄、ホテルなどを同じ非人間的なスケールで捉える点を、ファン・デル・サルムの仕事の特徴として論じている。*24 シュモン・バサールも『NOWHERE』に寄せた文章で、都市景観や「super modernity」の画面から人の姿がほぼ消えていることに注目した。*25 ここで空の街は終末的な物語の舞台というより、世界中で似た建築、交通、広告、光が反復されるとき、場所の固有性がどこまで残るのかを見るための形式として働く。

ニュー・トポグラフィックスから「画像でできた都市」へ

ニュー・トポグラフィックスの人工景観観察はファン・デル・サルムの明確な出発点だが、彼の写真はその形式をそのまま繰り返さない。全面合焦や統一フォーマットを固定規則にせず、ボケ、色、夜景、巨大プリント、建築家との委嘱、写真集、AI展示を状況ごとに選んできた。本人はベッヒャー門下ではアンドレアス・グルスキー、特に初期作に最も親近感があると語っており、距離を置いた都市観察と、画面を一つの自律した像として作る態度には接点がある。*2 一方で彼が繰り返し扱うのは、三次元の街が広告、レンダリング、スマートフォン、建築写真を通して、現地へ行く前から「画像として経験される」状況である。公式ステートメントでは、画像でできた社会を考える写真家自身も、その社会へ新しい画像を加えてしまうという矛盾が制作の中心に置かれている。*1 初期の人工景観写真で建物やインフラを見ていた視線は、後年になると、レンダリング、広告、スマートフォン、AIまで含む都市イメージの循環そのものへ向かっている。

§ REL 関連する写真家・運動
Photographers
  • スティーヴン・ショア ― ニュー・トポグラフィックスと、オランダで人工景観写真が広がる以前の重要な参照点
  • ハンス・アールスマン ― 1980年代末のオランダで、日常的な人工景観を大判カメラで撮った先行世代
  • エドウィン・ズワクマン ― 同世代の比較対象。模型を現実らしく撮るズワクマンに対し、ファン・デル・サルムは実在都市を模型のように見せる
  • アンドレアス・グルスキー ― 本人がベッヒャー門下で最も親近感のある作家として挙げる比較対象。特に初期作の距離感と画面構成を参照できる
Movements / Contexts
§ REF さらに読む
Spectacular City – Photographing the Future
NAi Publishers / 2007年

都市をグローバル化と視覚的スペクタクルの問題から扱った展覧会図録。オリヴォ・バルビエリ、トーマス・デマンド、アンドレアス・グルスキー、トーマス・ルフらとの比較に使える未使用資料。

作家公式で見る ↗
Limited Edition leporello
Interpolis / 2006年

保険会社本社の委嘱で制作された16点を折本形式にした企業写真集。建築委嘱と自律的な写真制作が接する別の例として確認できる。

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§ SRC 出典